novel | ナノ

ぼんやりとした月明かりだけがたよりだった。街灯も何もない周囲はびっくりするくらい真っ暗で、こんな闇があるなんて知らなかった。

旅を覚悟したつもりになっていても、野宿がこんなに寂しくて怖いものだとは思ってなかった…。

そんな私自身に気付いて泣きたくなる。ヒビキは今どのへんかな。もうキキョウシティは過ぎてるんだろうな。どうしよう私、もうかなり遅れてるよね…。

ちこ、とチコリータが鳴いて、私はあわてて滲む視界をまばたきで追い払った。


「……ごめんね、チコリータ」
「ちこ?」
「ううん…何でもないよ」

不思議そうに首をかしげるのへ、不安を殺して否定すれば、チコリータはうれしそうに、そのちいさな身を寄せてくれる。そんな相棒がうれしくて、心細さも少し和らいだ。

ありがとう、チコリータ…と私が口を開いたときだった。がさがさっ、と脇の茂みが鳴った。大きな何かが草木をかき分けてくるその音に、私もチコリータも縮み上がった。この子は男の子だけど、まだ小さくて怖がりなんだ…。


「りるりる」
「おいマリル、待てって言ってるだろ!」
「りる?」


ぽこん、という効果音が似合いそうな勢いで草むらから出てきた青いマリルは、チコリータをしっかりだきしめたまま、拍子抜けしてへたりこんだ私に気付いて首をかしげた。つぶらな黒い目が私をとらえる。

……か、かわいい…。

思わずそんなふうに思う間に、マリルちゃんの後ろからさらに大きな音がして、今度はがさり、と人影が出てきた。

へたりこんだ私には、マリルの後だったことも相まって、ひどく大きく見えた。霞んだ月明かりにたよっても、一瞬顔が分からなくて。どきり、とした。ほんの一瞬だけ。


「……なまえ?」
「まさかその声…ヒビキ!?」


思いがけない人の登場で、私は素っ頓狂なまでに驚いた声を出してしまった。だってヒビキはトレーナー歴が私とは違うから、もうずいぶん先に行ったんだと思った。


「何やってるの?」
「……それ、僕のせりふなんだけど」
「え!?いやまぁ、これは、その…」
「ちこ!」
「りるぅ」


訝しそうなヒビキにごにょごにょ言ってる私の腕から抜け出したチコリータは、さっさとマリルちゃんと遊びはじめた。


「まさかとは思うんだけど…なまえ、こんな真っ暗で寂しいところに、泊まろうなんて思ってないよね」
「え、と……」


ぎくりとして、私は目を泳がせる。でもヒビキのまっすぐすぎる目に、勝てるわけもなかった。


「…すみません、思いました」
「本当に!?」


まさか肯定するとは思わなかったみたいで、ヒビキは仰天したように声を荒げた。ヒビキがこんなに取り乱すとこ初めて見たかも、とのんきに思ってたら、目を見開いたヒビキは次第に険しい顔をしはじめた。

それも初めて見る顔だったけど、今度はのんきに考えてなんてられなかった。


「なまえ」
「は、はいっ!」


厳しい声色に思わず背筋を伸ばした私は、す、と目の前に差し出された手に首をかしげる。

差し出された先のヒビキは相変わらず怖い顔をしてたけど、……なんだか、……いや、でもまさか。きっと暗いから。だからだよ。


「ほら、行くよ」
「行くって、どこに…」
「ポケモンセンターに決まってるだろ」


まったく、初心者なのにいきなり野宿しようとするなんて、とぶつぶつつぶやいたヒビキは突然、手を取らずに惚けてる私の前にしゃがんで、目を合わせてきた。

それが、今度こそ認めなきゃならないくらいの決定打だったなんて、ヒビキは知らないんだろうけど。


「どこか痛いの?」


さっきの怒り調子とは打って変わって心配そうに覗き込もうとするから、私はあわててかぶりを振った。


「なまえ、何か言ってくれないと分からないよ」


分かんなくていい、と言おうとしたのに、いつの間にかふかふかのマリルちゃんと遊ぶのをやめたらしいチコリータが私の膝に飛び乗って、マリルちゃんは早く早く、としゃがんだままのヒビキの裾を引っ張ったせいで言えなくて。

そんなマリルちゃんの可愛らしい仕草に、ヒビキは苦笑して、そして。


「仕方ないだろマリル。なまえは女の子なんだから、こんな暗い場所に放っておけないよ」


ほら、行こう。とまた差し出される手を素直に取ってしまった私はきっと、ばかみたいに赤い顔をしてるんだと思う。頬が熱くて、くらくらする。

そのせいで片腕で抱いたチコリータが、ヒビキの手におさまったままの私の手を恨みがましそうに見てたのに、気付かなかった。…トレーナー失格かもしれない。

でもきっと、そうなっちゃうものに気付いてしまったのが一番、悪いこと。チャンピオンをめざすなら、あの伝説のトレーナーみたいに、ポケモンのことしか考えちゃいけないはず、…なのに。

…そのはずなのに、力を抜いてみせてもしっかり握りなおしてくれるのを確かめてあったかくなるこの気持ちはもう、おさまりそうもなくて。


(いらっしゃいませ、お二人さまですか?)(ジョーイさん、僕の隣の部屋、空いてますか?)(え!?)

Thanks;rim

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