しんしんと雪が降る。昼間なのに外が静かすぎるのは雪のせいと見て間違いないと思う。この地方はふつう、あんまり雪が降らないのだ。 しゅうしゅうとエアコンが空気をかき回す音が、無音でない分余計に眠りを誘ってくる。私の潜ってるこたつの上には、さっき私が持ってきたチョコレートの箱が無造作に放置してある。 「レッドっていつもなに考えてるの?」 外よりずっと暖かいけど、外と同じくらい静かな部屋のなかから雪を眺めてたら、盛大に口がすべった。 ベッドに座って、同じようにぼんやり外を見ていたレッドは首を動かして私を見た。 レッドの膝に丸まっているピカチュウは穏やかな寝息をたてる。 「……」 「ごめん、やっぱり何でもない…」 視線で理由を求めてくるレッドからあわてて目を逸らす。悪いことを言ったつもりはないけど、なんの考えもないバカみたいな問いかけで恥ずかしい。一気に眠気が覚めた。 心地よい部屋にはまた沈黙が降りてきて、それはしんしんと私とレッドの上に積もっていく。だけど私からしてみればちょっと気まずい沈黙だった。 「…ねぇ」 不意にレッドが口を開いて、私はちょっとびっくりしながらもまたレッドに視線を合わせた。いたって無表情のレッドは、ピカチュウを撫でながらまっすぐ私を見る。 「なまえってなんでそうなの」 「……は?」 放たれたことばはレッドには珍しく不機嫌さを孕んでいたけど、その内容も理由もわからなさすぎて私はまぬけに口を開けてぽかんとした。 レッドはまばたきをしたあとにため息をついて、膝のピカチュウをベッドにおろすと立ち上がった。 「……なまえ」 「はい?」 「オレだって男だよ」 私の隣までやってきて、すとんとそこに座ったレッドを見ていたら首が痛くなってきた。こたつに足を入れたまま首だけ真横をむいてるから当たり前かもしれないけど。 レッドもレッドで、当たり前なことをさも重大なことみたいに言う。むしろレッドが女だったら、私はすごく困る。チョコレートはこんな暖かい部屋だと溶けるかもしれないし。 「…そんなん、当たり前だよね」 「当たり前だけど、わかってないだろ」 「わかってるよ、レッドは男の子だし、私は女の子。……バカにしてる?」 だからチョコを届けに来たのに…まさかレッド、今日が何の日とか、知らない? それにレッドが人をバカにしたりするようなひとじゃないのは知ってるけど、何を言ってるのかわからなくてなんだかイライラしてきた。 レッドって、こんな遠回しみたいなこと言う人だったっけ…? 「バカにしてるわけじゃないけど。…なまえだけ余裕だから…」 「え…余裕って、何が?」 「目、閉じてて」 急にむっとしたらしく口を引き結んだレッドがかたい声を出す。話がつながってない気がしなくもないけどおとなしく目を閉じた。 エアコンはいつのまにかごうごうとすごい勢いで部屋を暖めているらしい。こたつがなんとなく暑くなってきたのはそのせい?これじゃ本当に溶けてしまうかもしれない。 視覚からの情報がなくなった分、他の感覚が鋭くなるのは本当みたいで、耳を澄ませていたらとつぜんレッドが私のほおに触れてきてびっくりした。 「レッ、ド…?」 「黙って」 「で、でもチョコ溶けちゃう…」 「大丈夫だから」 レッドの声は手と同じくらい冷たくて、私は思わず首をちぢめた。 目、開けるなとレッドがだめ押ししてくるからまぶたにぎゅっと力を入れなおす。するりとほおをすべった手が今度はあごにかかる。……あれ、何、これ。 あごにかかった手の親指が、ちょんと下くちびるに触れるのも、視覚の代わりに敏感になった肌が感じ取る。びっくりしすぎて目を開けて、開けたことに後悔した。 「ん…!」 びっくりしすぎてまたあわてて目をつぶった。かっ、と羞恥で身体が熱くなったのがわかって、私がチョコレートだったら間違いなく溶けてるんじゃないかなとか大パニックな脳内が考える。 いきなりだったけどレッドのくちびるは優しくて、気が付いたときにはもう温もりは離れていた。気を失ってたのかもしれない。だっていつ離れたのか思い出せない。 「…なまえ?」 恥ずかしすぎてうつむいた頭のてっぺんに、レッドの甘ったるい声が降ってくる。あごにあった手はいつの間にか肩に置かれていて、つむじにレッドの視線が注がれているのがなんとなくわかった。 「…チョコ、溶ける前に食べてね」 「うん」 私から主導権を奪ったレッドからは、ひどくうれしそうな声が返ってきた。本当に、溶けてないといいけどね。 Happy Valentine!
Thanks;ace 110212 |