novel | ナノ

……あ。

私が蹴っとばした石がころころ転がって、カッ、という小さな音を立てて、視界に突然入ってきた靴に当たった。

思わず少し乗り出した身体と逆に揺れたブランコが、緩く揺れていただけなのに、急停止に大げさなくらい抗議の音を出しながら止まった。

動きやすそうな運動靴の名前を、私は知ってる。ランニングシューズ、だ。 そして、この町でそんなものを履いてるひとはひとりだけだ。
なんでここにいるのかは知らないけど。

顔を上げたくなくて、私はその靴を見つめ続けた。
靴も、私が何も言わないからかしばらく黙っていて、それからはっきりと尋ねた。

「何やってんの?」

ユウキくんは聞いた。私が顔を上げなくても何も気にしてないみたいだ。

こんなときに、まさか彼に会うとは思わなかった。

お母さんとケンカして出てきたからイライラしてて、誰とも話したくなかったから、わざと誰もいない小さなさびれた公園に来たのに。

「何、って…別に何も。見れば分かるでしょ」
「ふつう乗るか?その歳で」
「別にいいでしょ、乗りたかったの」

ああ、ほら口調が悪い。イライラしてるんだから放っといてよ、不快にさせちゃうよ。

キィ、とブランコが小さく呻く。それがまるで私を非難してるみたいで、またイライラした。

少し笑ったみたいな言い方にかちんとくるなんて、まるで小さな子供みたい。彼はよく、こんなふうに人を挑発するような話し方をする。
初めてあったときからそうだった。

ユウキくんは何も言わなかった。まるで大人みたいだ、いつもとは逆に。それとも私が傷つけたかな。怒ったかな。

でも謝罪の言葉なんか出てこなくて、悪い私が考えるのは正当化。
あんたが来るのが悪いんだ、私はひとりになりたいのに…!なんて。

ひどい自己嫌悪で目を逸らしたランニングシューズが、じゃりっ、と土を踏む音がした。そう、私がこれ以上傷つけないうちに、早くあっち行ってよ。

逸らした勢いのまま念じるように睨んでた地面を、思いがけずまたそのシューズが横切って、私は思わず顔を上げてしまった。

ギィィ、と隣でもうひとつのブランコが、つらそうに呻いた。

「………何、やってるの」
「何って、見れば分かるだろ」

分かる。私の見開いた目には、あのユウキくんが、隣のブランコに乗ってる姿が映ってる…はず。見間違いじゃなければ。

さっきとセリフを交換したみたいなやりとりに、ユウキくんがちょっと不満そうに見返してきた。

「楽しいのかよ」
「何が?」
「これが」

そう言って、ギィギィとブランコをゆるく漕ぐユウキくんは何だか、すねた子供みたい。もしかしたら彼も何かあったのかな、と思った。

もしかしたら私みたいに、お母さんと大ゲンカして家を飛び出して、ここに来たのかもしれない。そうしたら先客として私がいたのかもしれない。

思ったらなんかおかしい。大人になったり子供になったりするくせに、ユウキくんもやっぱり同い年なんだ。

「うん、楽しいよ」
「………本気で言ってんの?」
「うん」
「うわ〜…」

肯定したらびっくりしたように、怪訝そうに私をうかがい見るのもおかしくて、ついに私は笑みをこぼしてしまった。

「なっ、何だよ」
「ううん、楽しいなって」
「何が…」
「ブランコ」
「……漕いでないのに?」
「座ってるだけでも楽しいの」

そう言ってみたらユウキくんは何か呆れたようにまじまじと私を見た。私も目を離さずにいたら、急にふいっと前に向き直ってしまった。

それから何を思ったかギィギィと激しく軋むブランコを突然一気に駆り立てて、一番高いところで大ジャンプしながら一言。

「やっぱり変わってるよな」
「そう?」

ザッ、と大きな音を立てて着地したユウキくんは、どこか得意気に振り返って頷いた。

「うん。変わってるよ」

二回繰り返さなくても…。

気が付いたら、ユウキくんは中途半端な会話をそのままにして、あっさり公園の出口に向かっていた。
帰るのかな?何しに来たのかな。

「あれ、どこ行くの?帰るの?」
「……? え、気になるの?」

自然に聞いたつもりだったのに、ひどくびっくりしたように振り返るユウキくんにこっちもびっくりした。

「え、え…?だって何しに来たのかなって思うし」
「ああ…確かにそうか…」
「そうだよ。まさか私と話しに来たとかじゃないよね?」

冗談めかして聞いたつもりだったのに、ユウキくんがこっちにも分かるくらいはっきり真っ赤になるから、つられて私も真っ赤になってしまった。

え、何、なんで赤くなるの?勘違いする前に否定してよ、お願いだから。

こんなときどうするべきかなんて知らない。気を遣って笑い飛ばせるほど器用じゃないし。

「…えと、ごめん冗談だから…」
「……よ」

私が気まずい口調のまま慌てて口を開くのへ、ユウキくんが何かかぶせて言ったんだけどあまりに小さくて聞こえなかった。

「え、なに?」
「………何でもない」

本気で拗ねたみたいなユウキくんが、私にはなんだかよく分からない。
拗ねてるみたいなのにまるで大人みたいな横顔に気圧されて、言葉が口から出なくなった。

出口を失った問いが頭の中で回る。なんで、どうして否定しないの?否定してよ、お願いだから…!

発芽した種は早く摘み取らないと、心に強く根付いて抜けなくなってしまうのに。こういうときに限って、種は育つのが早いんだ。

ぐんぐんと私の胸中に根を張って、どくどくと鳴る鼓動を養分にし、ぐんぐん育ったよく知られた名の感情は、実なんかつける兆しもないのに幹ばかり太く立派だった。

「お前は帰らないの?」

気を取り直したようにユウキくんは聞いた。その問いに、私は無理矢理、意識を感情から背けて彼を見た。

どきどき鳴り続ける心臓が、聞こえてしまいそうなくらい大きく脈打ってる。そんな、そんな、こんなことって。

何も考える間もなく、唇が動いてひどく強い言葉がこぼれ出た。

「帰るよっ」

聞いたくせに、ユウキくんはふーん、とだけつぶやいて私に背を向けた。さっきと同じように。

それで数歩進むと、ユウキくんはまたくるりと振り返って、尋ねるんだ。

「……帰らないの?」

本当は帰りづらい。家に帰ればきっと、まだ怒ってるお母さんが私を待ってる。

怖いし、いやだ。

それなのに私は、

「……帰る、よ」

ただユウキくんの言葉に頷いて、彼の隣に並んで、自分の歩調に合わせてくれる優しさを一人で発見して、にやけたりするんだ。

後の困難なんて、みんな見ないふりして。



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