novel | ナノ

いち、に、さん。いち、に、さん。

そこでターン、ステップ、も一度くるりと回って、お辞儀をして次のパートナーと入れ替わる。


「……無理!」


優雅な音楽がすべる、照明を反射するくらいぴかぴかの床の上に、私はついにへたりこんだ。

裾のふんわり広がったドレスはうっとりするくらいきれいだけど、重くて重くてもう足がへとへとで、慣れないヒールが痛い。

それなのにこれでいちばん軽いだなんて、とてもじゃないけどこれ以上、きらびやかな衣装なんか着れない。

第一、昔のお姫さまみたいにひらひらしたドレスを着てる私自身なんか、絶対に鏡で見たくない。見たら最期だ。

いやだって、行くならひとりで行ってって言ったのに、ダイゴは私にうなずかせるために卑怯ってくらいな手をあれこれ使ってきた。そうして、気が付いたときにはもう遅くて、


「どうして?ちゃんとできてたのに」
「…嘘ばっかり」


…気がついたときには、最初からできないことなんか分かってたのにうなずいてしまってて。

私は、さっきから調子のいいことばっかり言ってにこにこしてるダイゴをじとりと見上げた。ゆったりとしたワルツは、私の台無しな行為によって完全に場違いなBGMと化してしまってる。

私の目の前で、何やら楽しそうに私を見下ろしてるダイゴも、正装ってまではいかないらしいけど十分それらしい格好をしていて、それが目を逸らしたくなるくらい似合ってる。

こんなひとの隣に並ばなきゃいけないんだと思ったら、惨めすぎて泣けてきた。


「……なまえ?」
「も、やだ…無理だよダイゴ」
「わ、ちょっと待ったなまえ、」


私より歳上のくせに、さっきまで楽しそうに笑ってたくせに、私みたいな子供がうつむいて泣きだしただけでダイゴはとたんにおろおろしはじめる。


「泣くほどいやなの?」
「だって、……ダイゴが」
「僕?」


格好よすぎるから…なんて言えたらよかったのかもしれないけど、自他ともに認めるあまのじゃくな私が、言えるはずもなく。

しゃがみこんだままの私に視線を合わせるように片膝をついたダイゴの手が、私の頭に触れる。 たくさんの人に取り囲まれてセットされたエクステじゃなく、わざと地毛をたどるように、ぐしゃぐしゃにしないように慎重に、ダイゴの指先はするりと滑っていく。

ちくちくとげとげして痛かった気持ちが、だんだん丸くなっていく。ワルツのテンポに合わせるように。


「僕が、なに?」
「……」
「なまえ?」
「…ダイゴ、なんで私なんかが上流階級のパーティーに行かなきゃいけないの?」


話を逸らしたくて尋ねたら、ダイゴはちょっと考えるような間を置いて、頭に滑らせていた手を離す。

閉じたまぶたの裏側の闇をみつめてダイゴの答えを待ってたら、急に両手首をつかまれて、顔を覆ってた両手をはぎとられる。油断してたから力を入れる暇もなかった。

わわ、ドレスに涙が垂れちゃう…!

頭の片隅でそんなことを思いながら顔を上げたら、さっきとは打って変わって、なんだかとても不服そうなダイゴと目が合った。


「本気で聞いてるの?」
「……え」
「だから、なまえは本気で、僕がどうしてなまえをパーティーに連れていきたいのか、分からないの?」


ダイゴの様子があまりにも急変したからついていけなかった。ワルツは勝手に佳境を迎えようとしていて、広間にたくさんのシャンデリアはきらきら光ってる。

本音を言えばわからなく、は、ないと思う。思うけど、わからない。うまく言えないけど、私だって本当はダイゴと一緒にいたいし、だからパーティーだって一緒に出られたらうれしい。


「…ごめんなさい。本当は、わかってる」
「じゃあなんで、そんなこと言うの?」
「……」
「なんて、ね」


答えられなくてうつむいた私の耳に、また急に生き生きとし出したダイゴの声が届いて、びっくりして反射的に顔を上げる。


「わかってるよ」
「……はい?」
「なまえが考えてること、ぜんぶわかってる」
「な……え?」
「原因は、なまえが自分の魅力に疎すぎることだろう?違うかな」


……魅力?何のことなのかさっぱりわからない。びっくりしすぎて涙は止まってしまって、いつの間にか変わっていた曲の境目が思い出せない。


「なまえがいつまでもそんなふうだと、僕はいろいろと大変なんだけどな」
「…ご、ごめんなさ」
「ほら、また勘違いしてる」
「勘違いなんかしてない!」
「してるよ。僕が言ってるのはね、なまえはかわいいってことだよ」
「な、突然何言って」
「やっぱり勘違いしてる」


なんでそういう恥ずかしい流れになるのかわからなくて真っ赤になった私を見て、ダイゴはやさしく目を細める。

口調はとても穏やかで、ダイゴのきれいな目の後ろで光る明かりがまぶしくて、私も目を細める。

つかまれたままだった両手首を引かれるままに立ち上がったら、その反動を利用してくるりとターンさせられた。

ぐいっと腰を抱かれて、ふわふわのドレスが風をはらんでひらりとひるがえる。バイオリンの音が、風みたい。

ずっしりしたドレスは相変わらず重いはずなのに、ダイゴのリードがすべてを引き受けてくれてるみたいで、気が付いたら私は軽やかに広間をすべっていた。


「…大丈夫、なまえはきれいだよ」
「…ダイゴ、おかしいよ」
「おかしくなんかないよ。僕は、パーティーできみを自慢したいくらいなんだから」
「自慢になんか…」
「ほらね。きみは無自覚すぎるんだ」


そういうところも魅力だけどね、と言いながら髪をきらきらさせて、完璧にリードしてくれるダイゴの方がずっと、魅力的すぎてまぶしくて、…すごくすきで、いやなんだけど。

だんだん、どうでもよくなってしまった。



(大丈夫、僕がぜんぶリードするから)



Thanks;逃避行
Happy Halloween 2010!

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