novel | ナノ

どんっ、と鈍い音が聞こえ、続いて女の子の、小さな悲鳴が聞こえた。

洞窟は音響がいいから、少しの物音も何倍もに聞こえるんだ。でもこの洞窟は普段、あまり人が入らないはずだったのに、なんだっていうんだろう?


「……見に行こうか」


僕が提案すれば、故郷の異常が気になるらしく落ち着きのなくなっていたボスゴドラは、勢いよくうなずいて、先手を切って歩きだした。

たまに足を止めては方向を確かめて進んでいく。僕はその後に続く。そうして地下二階まで降りてきた。

まず気付いたのは、本来なら真っ暗なはずの地下二階が、ぼんやりと明るいことだ。フラッシュを使ってるってことは、あの悲鳴の主はポケモントレーナーなんだろう。

このフロアの最奥にいる僕の方へ、野性のココドラやズバットが逃げてきては、僕を見て怖じ気づく。挟み撃ちにされたから、…ではなく、明らかに僕に怯えてるらしい。


「…ねえボスゴドラ、僕ってそんなに怖いかな?」


先を急ぐボスゴドラは、何を言ってるのかわからないようで首をかしげてきた。必死すぎて言葉さえ耳に入ってないのかもしれないな、と思って苦笑したとき。


「ラルトス!だいじょうぶ!?」
「ら……る」
「ごめん…ごめんね」


ついに周囲がかなり明るくなり、第三者の小さな会話が聞こえてきた。さっきとは打って変わって、すすり泣くような、悲しみを帯びた声。


「ボスゴドラ、ちょっと待て!」


すでに大きな岩の先、第三者たちのいるであろう場所に足を踏み入れようとしていた相棒は、なんで、と言うように忌々しくこちらを見る。

僕はもう一度指を立ててみせ、ボスゴドラより先にそっと、岩影の後ろから、その灯りのもとを覗いた。赤いポケモンの発する灯りに包まれて見えたのは、岩に背を任せてうずくまった少女と、それに抱えられた白いポケモン、ラルトス。とても弱ってるように見えた。


「ラルトス、でもあなたのおかげで、ココドラつかまえられたよ」
「るぅ」
「これで次に会ったときには、ユウキくんにも報告できるよ!…ありがとう」


少女は腕のなかの存在に、にっこりと笑顔を送る。信じられないことに、…僕は一瞬、錯覚を起こした。

弱々しくもうれしそうな鳴き声で、ようやく我に返る。身を乗り出しすぎたことに気付いて、あわてて岩影に引っ込んだ僕を、ボスゴドラがじとりとした目で見てくる。

内心で、とても焦った。…これじゃまるで、のぞき見してる変態じゃないか。


「ちがうよボスゴドラ、僕はべつに、のぞき見してたわけじゃなくて…ただ」
「…どなたかいらっしゃるんですか?……あ」
「あ」


思わず声を発してしまって、彼女に感づかれてからそれに気付いたけれど、後の祭り。アチャモの光に照らしだされた僕とボスゴドラが、彼女の目にどう映ったのかなんて知る由もないけど、いい評価じゃなかっただろう。


「……えと、こ、こんにちは」
「やあ」


女の子はおどおどと、でも変人にしか見えなかったであろう男に、挨拶をしてくれた。……んだけど、僕としては、非常に気まずい。

彼女の腕のなかのラルトスも、フラッシュをつづけるアチャモも、心なしか僕を睨めつけてる気がする。……うん、きみたちは、正しいよ。

だから、彼女がまたおどおどしながら、


「あの…、ダイゴさんという方を、知りませんか?」


こんなふうに尋ねてきてびっくりしたんだ。……なんだって?僕?まさか僕のファン…?いや、でも顔は知らないみたいだし…。


「ダイゴは、僕、だけど…?」
「あっ、あなたが!?」


僕が彼女の真意を計りかねて戸惑ったままに返事をすれば、彼女はびっくりしたみたいに目を丸くし、そして突然、早口になった。


「あの、私、デボンコーポレーションのツワブキ社長から、あなたにお手紙をお預かりしてるんです!」


父さんから…?でもこの子はなぜ、父さんと知り合いなんだ?デボンの社長として会ったみたいだから、余計にわからない。

僕のぐるぐるした疑問も知らずに手紙を出そうとした彼女は、抱えていたラルトスをそっとボールに戻す。力なくされるがままにも関わらず、ラルトスはもう一度だけ、僕に鋭い視線を投げていった。それがなぜだか居心地悪い。


「はい!これです」
「……ありがとう」


ダイゴへ、と書かれた文字は、明らかに父さんのもの。偽ってラブレターを仕込もうって話ではないらしい。昔に様々な口実で無理やり押しつけられたそういう手紙を思い出してしまって、急いで打ち消す。


「いいえ、お会いできてよかったです」


彼女がおどおどしたのは、最初だけだった。それもまた、今まで近づいてきた女の子たちとは違った。媚を売るような上目遣いも何もなく、ただまっすぐに僕の目を見る少女。


「じゃあ、私はこれで…」
「待って」
「?」


思わず、引き止めていた。


「きみの、名前は?」


不思議そうに振り返った彼女にとって、僕は岩影にいてのぞき見してた変な男だろうに。間違ったら…いや、あながち間違いでもなくナンパ行為のそれに、彼女はあの、明るい無垢な笑顔で答えた。


「なまえ、です」
「なまえちゃんか。いい感じでポケモンを育ててるね」
「ありがとうございます」


心底うれしそうな声を聞いて、気が付いたら勝手に、言葉を紡いでいた。


「このままならリーグチャンピオンも夢じゃない、…と思うな」
「本当、ですか!?」


瞳に、ぱあっと星が散ったように、…見えた。僕の後ろであきれたようなボスゴドラを、なるべく見ないようにする。 じゃあ私がんばりますね、と両手をこぶしにして、それから手を振って帰っていくなまえちゃんの後ろ姿を見送る。

そんな僕の本心はきっと、ボスゴドラには丸分かりなんだろうけど。


「だってね、ボスゴドラ」


最奥の小部屋に戻る途中で、僕は相棒に話しかける。







(鋼タイプを育てるひとに、悪いひとはいないだろう?)

Thanks;曖昧

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