翌日。ダイゴ先輩は昨日何があったのかも知らずに、間抜けに教室にやってきた。 「やあなまえちゃん」 「先輩。今さら何しに来たんですか」 「今さら?…ああ、昨日は用事があって来れなくってさ。もう、丸一日会えないだけで僕は死にそうだったよ!」 「もうそういう戯れ言はいいですよ」 えっ?、と先輩は、馴々しく抱きつこうとしていた腕を止めた。間近で、私の顔を覗き込む。私は裏切られて尚、うるさくなる心臓を全力で無視して、彼を冷たく見返した。 「なまえちゃ」 「だから、もうそういう嘘はいりませんって言ったんです」 いつもならこんな警告無視して触れてくるくせに、ダイゴ先輩はまばたきながら、ゆっくりと私の方に伸ばしていた両手を落とした。 「……覚えてる?」 「何をですか」 「初めて会った時に、僕がきみに言ったこと」 いつもと全然違う、真剣な顔をした先輩はおもむろに切り出した。 昔話。 お伽噺の昔話じゃなくて、私たちの昔話だ。正真正銘生きてきた、私たちの物語。 「言ったこと、の…どれですか」 「覚えてない、か…。覚えておいて、って言ったのに」 ちょっと責めるように言われて、私は不機嫌になった。真面目な顔して何を話すのかと思えば…。 「そんなに私を蔑んで楽しいですか?」 「蔑む?」 ダイゴ先輩は急に、声に怒りをにじませた。今まで聞いたこともない、よく通る低い声だった。私も、休み時間でわいわい騒いでいたクラスメートたちも、しんとしてダイゴ先輩を見つめた。 ダイゴ先輩は怒っていた。さっきまでへらへらと笑っていて、ちょっと前までは真剣に見つめてきた瞳が、今は激情で満ちているように光っている。 先輩は、その場にいる全員の注目を一身に浴びながら私をひたと見つめて、口を開いた。 「きみは初めて会ったとき僕に言ったよね、『ナンパ男は大嫌いです』。でも初めて会ったときから僕をそうとしか見てないのは、きみの方じゃないの?僕はきみを蔑んでなんかいないし、きみと出会ってからはきみにしか話しかけてない。きみしか見えてないし、きみしかいらない」 数人が息を呑んだ。今やクラスで話しているのはダイゴ先輩だけだった。みんな息を殺して成り行きを見つめているのが分かる。けどそれでさえ、私にはどうでも良かった。 私には、彼しか見えてなかった。 「きみが、好きだ」 まるで舞台の上、物語の王子の告白シーンのようだと私は片隅で恥ずかしげもなく考えた。 誰も動かない。と思った次の瞬間には、周囲から、わぁっ、と賛称の声が飛んだ。それもつかの間。 「黙って。まだなまえから返事が聞けてない」 私から少しも目を反らさずに、ダイゴ先輩が低く唸るように言った。とたんに静かになった周囲の注目が、今度は私に集まるのが分かった。思わず上気して、何も分からなくなる。 それでも何か言わなきゃと焦るたびにさらに頭が真っ白になる。痛いくらいの沈黙が流れた。 「……ダイゴ、先輩の」 自分でも混乱していた。 「ば、か」 「……」 周り中がずっこけた感じがした。先輩だけが、黙って立っていた。周りなんて関係なかった。真っすぐにこちらを見る真剣な目だけを見つめた。 「何で、何で、今さら言うんですか?私、昨日…先輩のこと、諦めようって、思ったばっかりなんですよ?それなのにずるいです。先輩は、ずるい」 理不尽なはずの私の言葉を、みんな静かに聞いていた。 「…なまえ、ちゃん」 「何ですか」 「それは、告白として受け取っていいのかな」 「何でですか。私ダイゴ先輩のこと好きなんて一言も…」 違う。意地っ張りな私は素直になれずに嘘を吐く。ずるいのは私だ。ばかは、私だ。 ダイゴ先輩はへらりと…ではなくにっこりと、今までで一番きれいに笑って大股で近づいてきた。 そうして、私の顔を覗き込むようにしてささやいた。 「泣きながらキライって言うのは、昔から告白と一緒なんだよ、なまえ」 低くてとびきり甘い声で名前を呼ばれた。……落ちないはずが、なかった。 きっと好きになる (言ったよね、落とすって)(覚えてる?って、そのことですか…) Thanks;rim |