novel | ナノ

「ねぇねぇハヤト、聞いて!昨日の夕方に散歩してたらね、野生のポッポが肩に飛び乗ってきてくれたの!!感動しない!?」


鳥ポケモン大好きな私は昨日、大事件に遭遇した。塾からの帰り道、愛くるしい野生のポッポが、軽く首をかしげながらフェンスに止まっていて、ダメ元で手を差し出してみたらなんと飛び乗ったのだ。


来る人来る人に語っているのに、みんなたいてい反応は薄い。よかったね、だのすごいね、だの、感情のまったくこもらない声で返してくるだけ。

でも同学年なのにもうジムリーダーを担ってるハヤトは町一番の鳥好きだ。分かってくれるはず!朝のトレーナーズスクールで、私はいつものように、彼が教室に入ってくるなり駆け寄って、彼に大事件体験談を披露した。


「ああ、そうなんだ…ふーん…よかったな」
「なっ……!」


私の期待は呆気なく破られた。


「何よ、その反応!ハヤトのくせに!!」
「おわっ、なんだよなまえ、殴んな!」
「鳥ポケ好き仲間だと思ってたのに、この裏切り者ぉ〜!」
「しらねーよ、いてっ、殴んなって!」


自分で言うのもおかしいけど、私がハヤトを一方的に叩きまくるなんていつものことだ。ハヤトは嫌がるけど、それもいつものことだ。後でまわりの子たちにからかわれるけど、それもまたいつものことだ。

そうやってハヤトと話してるうちに、授業開始を知らせるチャイムが鳴る。鳴ったらお互いに席に戻り、授業が終わればまた話を再開する。

これがいつものパターン。

そう、私とハヤトの仲なんて、スクールにいる間だけの仲。町で会ったって、ハヤトは私を無視する。目を合わせようとさえしてくれない。

今だって、迷惑がられてるのは分かってる。痛がってるし、眉根を寄せて迷惑そうに私を見る。でも私は気付かないふりをする。

ハヤト、私だって痛いのよ。心が悲鳴をあげるくらい痛いのよ。叩く手からでもいい、この痛みが伝わればいいのに。


「…なまえ?」
「え、」


ハヤトが私を呼んだ。いつもと違う呼び掛け方に、私ははっとして叩く手の速度を緩めた、瞬間、ハヤトは叩かれるのを防ぐためその手首をがっしりと、痛いほど強く掴んだ。

そして、……放してくれない。


「あの…放して?」
「いやだ」
「もう叩かないから」
「…そういう問題じゃなく、いやだ」


え?

ハヤトが何を言いたいのか分からなくて、私はまばたいた。とたんにびっくりすることが起きた。…私の目から溢れたのだ、涙、が。信じられないことに。

ざわっ、と、まわりでめいめいに話していたはずのクラスメートたちが注目するのが分かった。けれど私の涙は止まらない。手首を掴んだままのハヤトがため息をついたのが伝わってきた。


「……なまえ、とりあえず外、出よう」


ハヤトがはっきりそう言ったときにちょうど、チャイムが鳴った。それなのにハヤトはそれを無視して、自分のと私のカバンを躊躇いなく肩にかけると、呆然としているみんなに呼び掛けた。


「オレとなまえは休みってことにしといて」
「お、おう。分かった」
「サンキュー。頼むぜ」


展開に圧倒されていたらしいクラスメートたちがおずおずとうなずくのを見ながら、ハヤトは教室を後にした。一瞬だって放してもらえなかった私だって呆然としてたから、おとなしくついていくしかなかった。


「おまえさぁ、人殴っといてなんで自分が泣いてんだよ」
「……」


スクールを出て、ハヤトはどこに向かうのか、ずんずんと早足で歩き始めた。私はハヤトにひっぱられるようにしてその後を追った。どこに行くのかなんて聞ける様子ではなくて、私はしゃくり上げないようにしながら黙ってハヤトの言葉を聞いていた。


「ほんと、むかつくよおまえ。スクールでならうざいくらいまとわりついてくるくせに、町では完全無視だし。意味わかんねぇ」
「……」


意味分かんないのはそっちでしょ、と、私は言えなかった。


「本当はさ、……オレも鳥ポケ好き仲間だと思ってる。なかなかいないからな」


ハヤトの歩調が少し遅くなった。それに合わせて声も小さくなる。


「…でも本音を言えばそれだけじゃなくて…」
「ちょ、ちょっと待って」


ハヤトの声がささやくようになる。でも私はそれどころじゃなくて、あわててハヤトが掴んだ手首を逆に引っ張った。視線の先には、フェンスにとまった一羽のポッポ。私は指差して一気にまくしたてた。


「ハヤト、ハヤト!!あれ見て、あのポッポ…!私が昨日会った野生のポッポなんだけど…!?また会えるなんて夢みたい!!」
「………、」
「どうしよう、すっごい嬉しい!!ポッポ可愛いよ〜!!」
「……なまえ…」
「え?」
「悪いけどあれ、オレのポッポだ…」


どこかげんなりした様子で、ハヤトは言った。理解するまでに数秒を要した。


「……そうなの!?モンスターボールに入れてないの?」
「まぁな…。あいつボールがキライらしくてな」
「そんなポケモンもいるんだ!?やっぱり個性ってあるのね…じゃあまた私の腕にとまってくれるかなぁ?」


私がなるほどと納得してポッポに目をやったとき、ハヤトはあろうことかポッポをモンスターボールに戻してしまった。ついさっき、あの子はボールがキライだと言っていたばかりなのに。


「ちょっとハヤト……、」
「なまえ」


抗議しようとハヤトに目を移した瞬間に、私はすべて忘れた。まわりを取り囲むすべてのもの、風、草木、ポケモン、太陽、空気さえ消えて、私は呼吸を止めた。まばたきも止まった。

ハヤトの目が不思議な色に見えて目が放せない。


「オレはさ、…スクールでなくても、どこでもいつでも、なまえと話してたいと思ってるよ」


切羽つまったような声に、思わず私は笑った。笑いながら涙が出てきた。ハヤトの怒ったような声が聞こえる。


「なっ、おまえ…人が告白してんのに笑うなよ…!てか笑うか泣くかどっちかにしろよ…。意外と泣き虫だよな」
「ごめ、ん…なんか色々、安心しちゃって」


私は首を振って、涙を拭って、ようやく顔を上げた。少し不安そうなハヤトの顔、初めて見たかもしれない。


「ね、ハヤト。今度家に連れてってよ。鳥ポケモンたくさん、見せてほしいな」


笑顔で言えば、ハヤトはちょっと目をまばたかせてから笑った。しあわせそうに、でもどこか照れ臭そうに。そんな顔を見たのももちろん初めてだった。


「…ああ。来いよ」


(学校、サボっちゃったね)(オレはあんまり影響ないな。おまえはやばいな)(…やっぱりハヤト最低…!)

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