novel | ナノ

あまりにばかにされたものだから、私はついに暴挙に出た。

たしかに私は黒がすきで、何にでも合わせやすい黒い服はたくさん持っていたけど、別に黒ばっかり着てたわけじゃない。

たまたま、みんなが…グリーンをはじめとしてナナミさん、オーキド博士、隣のおばちゃん、レッドのお母さん…が来るタイミングに、黒を着てる日が重なるだけで。だのにいつの間にかみんなは私を黒子ちゃんと呼び出して、グリーンにいたってはトキワのジムで呼んだのだ。わざわざナナミさんのお使いで来た私を。黒子、サンキューとか言って。

グリーンは別にそういうつもりはなかったんだろうけど、おかげでジムトレーナーさんから何で黒子なのとか、付き人みたーいとか、てんやわんやの質問攻め……もう、勘弁してほしい。私がグリーンの付き人なはずがないのに!

いまやマサラタウンで私を黒子ちゃんと呼ばないのは、ひとりだけ。お母さんでさえ、こっちのほうが通じるんだものとか言ってる。


「……なまえ?」
「レッド…!」


懐かしい自分の名前が呼ばれた。勢いよく振り返った先で、レッドは相棒のピカチュウを肩に乗っけたまま、私を見ていた。


「どうしたの」
「ど…、どうもしてないよ」


名前を呼んでもらえるのが懐かしくて、うれしくてにやけそうになる口元に思わず手をやる。レッドはまだ、私を見ている。いつもの無表情。


「レッド、オーキド博士のところに行くの?」
「うん」
「ついて行ってもいい?」
「……いいけど」


レッドは不思議そうに首をかしげて私を見ながら、うなずいた。

レッドのとなりに並んで、私たちはゆっくりと歩をすすめた。レッドが帰ってきてずいぶん経って、この身長差にも少し慣れてきたこの頃。

そんなことをぼんやり考えてたら、珍しくレッドが口を開いた。


「なまえ、」
「ん〜?」
「今日、ちがうんだね」
「ちがう?」
「うん、いつもと違う」


言われてようやく、私は暴挙に出たことを思い出した。今日の目的はそれだったはずなのに、いろいろ考えてるうちにすっかり意識から飛んでいた。

いつも黒を基調にした服ばっかりだったから、今回は茶色を基調にピンクをアクセントにして、少しガーリーに……見返すつもりで参考にした雑誌の、ビビッドピンクな謳い文句が頭のなかに踊る。

あんなに意気込んでたはずなのに、突然ものすごく恥ずかしくなった。


「あ、いやこれはえっと、」
「なに」
「べ、べつに、いつも黒ばっかり着てたから着てみようって思っただけで、ピンクがすきなわけじゃないよ!?」
「…似合うのに」
「……な…」


レッドは旅に出て、背が伸びただけじゃなくてお世辞もうまくなったのかな。何だかくすぐったくて恥ずかしい。鼓動が、はやい。絶句する私に、レッドはもう何も言わなかった。

となりを歩くレッドの方が向けなくて、私はうつむいたまま、歩調は変わらずに歩きつづける。研究所の門をくぐれば、庭に出て作業していたらしい研究員の人が、びっくりしたように私を見た。

恥ずかしくてレッドの横で小さくなる私に、レッドは不意に歩みを止めて私に向き直った。まるで、その研究員さんから、私をさえぎるように。


「あ、レッドありがと…」
「なまえ、」
「は、はい?」


見下ろしてくるレッドの視線が何だか怒ってるみたいで思わず姿勢を正したら、レッドはしばらく間を開けた後、また軽く首をかしげた。


「…頑張れ」


もしかしてレッドはお見通しだったのかもしれない。

目を見開いた私に、レッドはふっと目を細めてぽんぽんと私の頭を軽くたたいた。大丈夫、というように。普段にぶいくせに、妙なところで鋭いんだ、レッドは。


「…なまえは、可愛いから大丈夫」


最後にもう一回私の名前を呼んで、レッドはさっさと先に中へ入ってしまった。

足元で、なぜかレッドについていかなかったらしいピカチュウの視線を感じて、私はようやく、ピカチュウに笑いかけた。かなりぎこちなかったけど。

ぴょんっと飛び付いてきたピカチュウを、レッドの真似して肩に乗せて、私も研究所の扉を抜けた。中にはきっと、私を黒子ちゃんと呼ぶ人たちがたくさんいる。でもそれも、今はどうでもいい。

101212

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