レッド、レッド、レッド。 一歩あるくたびに頭のなかに名前がまわる。 最近ずっと会ってない。もちろん、どんなに小さな町だって言っても、やっぱり家が近くでもないかぎり会わないのは当然なんだけど。わかってるんだけど。 最後に会ったのはいつだったっけ…。話したのは?手をつないだのは?キスをしたのは……違った。あれはたしか、私たちがまだ何も知らなかったころの他愛もない偶然だったっけ。 赤く照らされた家までの道を、わざと音を立てながら、なるべくゆっくり歩いてみた。後ろにどんどん長くなる影を見つめてるうちに、頭のなかまでぜんぶ真っ赤に染まっちゃったみたい。 この町に落葉樹はないはずなのに、足元にてのひらみたいな形をした赤い葉っぱを見つけて、思わず立ち止まった。 「………なまえ」 それを拾い上げたと同時に、足元に細い影が落ちた。誰かの頭…ちがう、これは赤い帽子だ。 顔を上げて立ち上がったら見えたのはあのジャケットだけで、それもすごく近い。と思うまもなくぬくもりに包まれた。思わず呼吸を止めた私に、声が降ってくる。 「どこに行ってたの」 「…レッド、」 ぐるぐるまわってた名前が、私の口からとびだした。とびだしたら止まらなくなった。つぎから次へと。 どこに行ってたのは私のせりふなのに、なんでレッドは私にそう言うんだろう。私はずっとこの町にいたのに。 「…オレもいたよ」 「うそ」 「ほんと」 「じゃあなんで」 「ずっと、なまえのこと考えてた」 思わず口をつぐんで、レッドのジャケットから顔を上げた。上げたらすぐそばにレッドの顔があった。こつん、と額がちいさくぶつかるくらい近くて、触れた額が少しだけあつい。 「…熱、あるの?」 「うん。なまえのせいで」 「…なにもしてないよ」 「なまえに会ったら、上がった」 思わずまばたきをしたら、レッドはくっついた額をちょっとだけ離して、ちいさく笑う。かすかな吐息が届いた。頭のなかで、今度は真っ白がぐるぐるする。 「…なんで会えなかったの?」 「淋しかった?」 「淋…?」 「会えなくて」 淋しかった?とレッドは繰り返す。聞こえてないって思ってるのかも。そんなに難聴なはずないってこと、わかってるくせに。 「…レッドのばか。淋しくなんか、」 じっと見つめてくる赤い目が久しぶりで、泣きそうになってくちびるを噛んでうつむいたらレッドは笑った。また笑った。 いつもはこんなに笑わなかった…それとも久しぶりすぎてそう感じるだけで、レッドはもしかして、よく笑ってたのかな…。すごく曖昧だ。目の前にレッドがいるっていう事実が強すぎて、記憶が塗り替えられてしまったみたい。 「レッドは、どうなの?」 「オレは、会いたかった」 「…じゃあなんで、来ないの?」 「来れなかった。確かめてなかったから」 「……確かめるって、なにを?」 レッドはちょっと気まずそうな顔をしたけどまわした腕は解かなくて、私はレッドの腕のなかから、レッドを見つめる。 私は答えを待ってたのに、結局レッドはすこし黙ったあとに一言だけしか言ってくれなかった。 「なまえって、にぶすぎる」 そのまますねたみたいに歪んだくちびるが私のに重なってきて反論はゆるされなかったけど、正直、レッドに言われたくない。 ん、とくぐもった声が出たら、しばらく重なってたそれが今度は笑みのかたちに歪んだ。くちびるはやっぱり、額と同じくらい少しだけ、あつい。 距離感の計り方 (もしかしてレッド、ずっと部屋にこもってた?)(…うん)(だから会えなかったんだ…) 拍手お礼収納 |