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来ないで、って言ったはずなのに、レッドは私の言うことなんか聞いてくれない。

いつだってレッドは自分がしたいように振る舞う、気まぐれできれいな黒猫みたいだったから、予想はしてた。してたけど、だからといって許せるかどうかっていうのは、また別の話なわけで。


「来ないでってば!」
「……どうして」
「どうしても!」


たいして広くもない私の部屋のすみっこで、レッドのピカチュウを両手に、私はつよく言った。叫びこそしてないものの、部屋のほぼ中央で首をかしげるレッドは、不快そうにわずかに眉根を寄せる。


「意味がわからない」


説明して、とレッドは静かに私を見つめて要求する。いやだ、と思った。レッドがうといのは知ってたけど、私が教えるのはなんか、間違ってる。

教えたらきっとレッドは謝ってくれるんだと思うと、余計に言いたくなかった。

腕のなかでピカチュウが困ったように耳をさげて私を見上げてくるのに、気づかないフリをする私自身が、いちばん嫌いだ。


「…なまえ、そこ寒い」
「平気」
「だめ。オレは下がるから、とにかくカーペットに乗って。ベッドでもいいから」


こんなときまで、フローリングに直に座り込んだ私の心配ばっかりするレッドに、泣きそうになった。

ピカチュウがうながすように私の服を引っ張る。汚くてどろどろの心を持ってるのなんか、私だけだ。

レッドはことばどおりに下がったけど、赤くてきれいな目は私を見つめたままで、一度だって逸らされなかった。

下がって、ドアをふさがれる。視線から逃げる術まで断たれて、私は仕方なく、ベッドに移った。足先が冷たくなってることにようやく気づく。


「…何か、あった?」
「……」
「なまえ」


優しい声色に耐えられなくなってうつむいたら、ピカチュウが心配そうに私を見上げていてたまらなくなった。

視界にちらつくのは、この前偶然見てしまった告白シーン。ばかみたいだ、私。レッドがモテるのは当然だし、そんなこといちいち気にしてたら仕方がないってわかってるのに。

私が拒む理由が思いつかないレッドにとっては、あれはそんなに非日常ではなかったってことなんだ。


「ぴか!?」


ピカチュウがびっくりしたような声を上げるまで、私は自分がついに抑えられなくなっていた事に気づかなかった。


「なまえ?」
「な…ん、でもな…」
「何でもなくない。どうして泣くの」


動揺したように、レッドがこちらに来ようとするから私はぶんぶんと首を振って拒絶した。

いまレッドに触れられたらきっと、汚い私を知られてしまう。

それだけはいやなのに、やっぱりレッドは言うことなんか聞いてくれなかった。ふわりと、傍らに座ったレッドは私の背中に両手を回して、私の頭に顎を乗せるようにして抱きしめた。

ますます涙腺のゆるむ私の背中をゆっくり撫でてくれる手を、私はよく知ってる。それだけたくさんの時を、私はレッドと過ごしてる。

あんなにどろどろしてた真っ黒な気持ちは、いつの間にかすっかり溶け消えていた。


「…レッド、」
「何」
「ごめんね」
「…?」


涙が止まった目で見上げたら、顎を私の頭から引いたレッドは不思議そうに私を見ていた。私とレッドの間で、ピカチュウがにっこりしながらゆるりとしっぽをふる。

レッドはきょとんとしたあと、私の目を探るようにじっと見て、うん、とうなずいて笑った。


「…許してくれるの…?」
「怒ってたのはオレじゃなくて、なまえ」
「あれは私が勝手に」
「ありがとう」


え、なにが?と、今度は私がきょとんとしたら、誤魔化すようにまたふわりと抱きしめられる。突然だったから、ピカチュウはレッドのお腹と顔面がこんにちは状態でじたばたしている。


「なまえ、すきだよ」


耳元で、ささやき声がした。



(ぴ〜かぁぁ〜!)(あぁっ!!ごめんピカチュウ、大丈夫!?)
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