novel | ナノ

目の前が真っ暗になった。確かに私の前に立つ人、そのひとに言われたことばが、信じられなくて。


「……なまえ?」


レッドはなんだか気遣うような、うかがうような声を出した。それでようやく私の金縛りは解けたけど、それでさっきの衝撃が消えるわけじゃなかった。

私と、レッドとグリーンが出会ったのは、私よりひとつ歳上だったふたりが旅に出る3年前だった。

たったの3年、だけど日々がとても長かった3年の間は、確かにレッドは私のお兄ちゃんであり、友達であり、ご近所さんであり、そうして憧れだった。

3年が過ぎて、レッドとグリーンが一斉に旅立っていき、私もすこし遅れてからふたりを追うように、マサラタウンを後にした。

だから今の私にとってレッドは、お兄ちゃんであり、友達であり、ご近所さんであり、憧れであり、そして同じ町出身のライバル。

数日前に会ったグリーンには、おまえがオレのライバルになれるわけねぇだろ、と鼻で笑われた。昔とちっとも変わらない、意地悪なグリーンには。

…でも、昔からやさしかった、憧れだった、お兄ちゃんみたいなレッドなら。そう、思っていたのに。……思って、いたのに…。

たまらなくてうつむいた先のレッドの靴が、出ていったときよりもずっとずっとぼろぼろになってるのに気付いた。対峙する私の靴はまだまだ白い。


「……レッドも、私なんかが追い付けるわけないって、…笑うの?」


尋ねる声が情けなく震えた。 ぽたり、と垂れて足元に染みを作った雫に自分でもびっくりしたけど、それに気付いたらしいレッドもぎょっとしたみたいで、今度はあせったような声が鼓膜に届いた。


「なまえ、」
「……も、やだよっ」
「……」
「レッドも、グリーンも、変わっちゃった……っ」


旅なんか、嫌いだ。昔のままのようでいて、みんなみんな、変わってしまうんだ。グリーンだってマサラタウンにいた頃は、意地悪しながらも最後はぜんぶ謝ってくれてたのに…!


「……。変わってない」


私の激情がすこし過ぎるのを待って、レッドがぽつりと、やけに強く言い切った。しゃくりあげていた私は、嗚咽をこらえ、顔を手で覆いながらも顔を上げる。


「変わってないよ。オレは」
「うそ、ばっかり」
「うそじゃない」
「だって、さっきレッド、違うって言ったじゃん……!」


確かに言ったんだ。いくらレッドでも、今さら違うなんて言わせない。

頑張って追い掛けてようやく追い付いたのに、はっきりと言ったんだ。なまえはオレのライバルじゃない、って。


「うん。だからそれは、変わってない」
「………何が言いたいの?」
「……。わからない?」
「わからないよ!」


もう意味が分からなくて、涙は引っ込んだけど代わりにヒステリックになってしまった私に、レッドは困ったようにかすかに、首をかしげた。


「なまえ」
「なに?」
「なまえにとってのオレは、何だっけ」


唐突な質問に、私も首を傾げる。傾げながらゆっくり、指折り数えてみた。口にするたび打ち消されたことが浮かんで、しくしくと胸が痛む。


「……お兄ちゃんで、友達で、ご近所さんで、…憧れ、で。……ライバル…」
「オレは、なまえをそう思ったことは一度もないよ」


間髪を入れずにきっぱりと言われて、私は今日二度目の、大きすぎる衝撃にぼんやりと自分の指から顔を上げた。


「……一度、も?」


信じたくなくて繰り返した視線の先で、レッドがあっさりとうなずく。消えてしまいたいとさえ思った。


「………じゃあ、どうして…?」
「オレにとってのなまえは、ひとつだけだったから」


存在を否定された気がして、身体中すべての力が抜け切っていて、思考する力さえ、もうほとんどなくなっていた。それでもなんとか口を開く。


「…ひとつ…?」
「そう。今も、昔も」
「…変わらないって…そういう意味なの?」
「うん」


とたんに大きな安心感に包まれて、あからさまにほっとため息をついてしまった私を、今度はレッドがどこか不服そうに見つめてくることに気が付いた。


「…気にならないの」
「え?」
「オレにとってのなまえが、何なのか」
「え、教えてくれるの?」
「なまえが望むならね」


どうせ秘密とか言われるんだと思ってたからまさか教えてくれるとは思わなかった。

ひどく勢い込んでうなずいた私に返ってきたのは、レッドの意味ありげな視線と、ようやく近くなった距離を埋めるように伸ばされ、頭をひと撫でしていった、昔よりも大きな手のひら。


「…やっぱり、なまえがもうすこし大人になってから」


ひとつしか違わないのに、年齢よりも大人びたレッドに子供扱いされるのすら、懐かしくてほっとする要因にしかならないなんて、…なんか、私っておかしいんじゃないかな。


「その間に変わっちゃったらどうするの」
「だいじょうぶ、変わらないから」
「どうして分かるの?」
「今まで変わらなかったから、これからもずっと、変わらないよ」


だから安心して、はやく大人になるんだよ、なんて昔と変わらないやさしい笑顔で言うから、私は素直にうなずいた。



(レッド、大人って何歳?)(大人になればわかるよ)


Thanks;rim
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -