あれほどゆっくり時は流れてたくせに、レッドが帰ってきたマサラタウンは、季節がうつろうのが早い。 暑すぎてじっと座ってなんてられなかったトキワシティのベンチなのに、私たちはそこに並んで腰掛けていた。 「…明日、行くから」 レッドがぽつりと言ったことが理解できなくて、私はただまばたきをする。 チャンピオンになったっきり消息がわからなくて、死んだとさえ言われてたレッドが帰ってきて、ようやく1ヶ月も経とうという頃だった。 「行くって…どこに…」 「ジョウトに」 オレがまだ会ってない、強いトレーナーがいるかもしれない、とレッドはつぶやく。その膝で、ピカチュウが大きく伸びをする。 レッドが初めてマサラを出てったときと、同じだった。ピカチュウはすこし大きくなったし、私たちも大きくなった。それだけなのに、何かが全然ちがった。何なのかわからない。 つまりは、レッドは明日、また旅に出るのだ。 「……レッドは、旅がすきなの」 「…それは、肯定なの、疑問なの」 「そっちこそ」 「オレのは、疑問」 「じゃあ私も、疑問」 レッドは考えるように沈黙する。その間に、足をぶらぶらさせてみた。たしか七年前のあの日、私は足が地面につかなくて、そうしてたんだ。残念ながら今の私は足がついてしまうから、どうしてもうまくいかないんだけど。 「旅は、すきだと思う」 唐突にレッドが答えて、私は足を止めた。擦ってしまって蹴散らした足元の砂を見ながら返事をする。 「どうして、そう思うの?」 「…出たいと思うから」 「マサラがきらい?」 「きらいじゃないよ」 「じゃあ、」 どうして、と聞こうとして、ああレッドは旅がすきなんだ、と気付いて口をつぐんだ。 「…じゃあ、何?」 「……なんでもない」 「なまえ、言いかけたことは最後まで言わないと、よくないよ」 「よくなくても、いい」 「何で拗ねてるの」 不思議そうにレッドが聞いてくるから、ますます何も言いたくなくなった。 何か言ったってレッドは旅に出るんだろうし、私はつれてってって言う勇気も自信もないし、だから何か言ったって無駄なんだ。 べつに拗ねてるわけじゃない。 「…拗ねてないよ」 「じゃあ何」 「べつに何も」 「嘘」 「……どうして?」 「だってなまえ、こっち見ないから」 しってるよ、なんて言われたら、目を合わせるしかなくて、目を合わせたら嘘なんて見抜かれてしまう。赤い瞳の前では、私はピノキオになってしまう。 鼻が伸びるんだって、レッドが昔、よく言ってた。 「…そういうの、ずるいよ」 「どうして」 「だってレッドは私に嘘をつけるのに、私はつけないから」 「嘘なんかつかないよ」 レッドがつかないと言えばそれはきっとそうなんだろうけど、なんだか釈然としなくて、私はまた黙るしかない。 今度はレッドも何も言わなくて、私たちはしばらく黙ったまま並んでいた。膝にいたピカチュウが、いつの間にかレッドの肩まで移動している。 「なまえは、旅が嫌いなの」 「そんなこと、……。あるかも」 「あるんだ」 「うん」 びっくりしたみたいなレッドには、きっとどうしてかなんてわからないんだと思う。それは、残されたことがないからだ。 「…ちゃんと、帰ってくるよ」 まるで心を見透かしたように言うから、どきりとした。それをごまかすように、ふいと横向く。トキワは七年前と、ずいぶん変わった。 「…嘘」 「嘘なんかつかない」 「だって、…レッド、帰ってこないじゃん」 「オレはここにいるよ」 「ちがう……約束、覚えてるレッドがいない」 どこにもいないんだ、と思ったら怖くなった。旅は人を変えてしまう。グリーンだって変わった。 昔はいじめっ子だったくせに、レッドが帰ってこないと子供みたいに泣く私をふんわりとやさしく抱きしめたりして。 変わるのは、怖い。レッドが隣で吐息を吐き出した。…笑ってる…?どうして。 「やっと、言った」 「……え?」 「オレだって、忘れてなんかないよ」 そう言ったレッドは、信じられない気持ちの私を、自分に向かい合わせる。赤い瞳が、今までにないくらい間近にあった。 「オレは、そのために強くなりたかっただけ」 「…そのため…?」 「そう。約束のため」 「強く、…なったの?だから、帰ってきたの?」 「たぶん」 ささやくような会話が、互いの耳元で交わされる。レッドの抱きしめ方は、グリーンとは違った。 「だから、行こう。ジョウトに」 「…いっしょに?」 「うん。いっしょに」 うなずくことしかできなかったのはきっと、びっくりしてたからだと思う。 若年性冒険症 (私も旅、すきになるかも) |