novel | ナノ

むぁっとした空気に一瞬息が詰まって、私はあわてて首を振った。


「だめ、むり!」


短い拒絶の言葉に、私を連れ出そうとしてたレッドは、玄関先で、驚いたように軽く目を見開いた。


「どうしたの」
「だって、暑い。溶けちゃう」
「…人間は、溶けないよ」
「人間だって溶けるの」


ばかみたいなやりとりでも、私は必死だ。だって暑いものは暑いんだもん。こんななかで平然としてるレッドがおかしい。

シロガネ山にいて、暑さには慣れてないはずなのに、なんで。もしかして寒いのも暑いのも平気なのかな。


「そんなに暑いの」
「暑い。暑すぎる」
「……なまえって、こおりタイプ?」
「違うよ…私は、…ノーマルタイプ。…だと、思う」
「ノーマルタイプは暑さに弱くないから、違う」


真面目な顔で言ってから、レッドが考えるように私を見つめてくるから、どきどきしてきてさらに暑い。

それに、レッドが身体で押さえたままのドアから、湿気たっぷりの夏がどんどん入ってくる。


「レッド、ドア閉めて。暑い」
「…なまえが出れば閉める」
「それじゃあ意味ないよ」
「意味はある」


なんだかさっきからこの繰り返しな気がする。

どんな意味?とつっこむ間もなく、レッドは淡々と続けた。


「…シロガネ山に行こう」


一瞬、聞き間違いかと思った。違う、思いたかった。だってあまりにもふつうに提案することじゃない。

私は困惑しつつ、昔よりずっと高い位置にあるレッドの目を見つめる。レッドはいたって真剣だった。


「………何て言った?」
「シロガネ山に行こう」

……聞き間違いじゃなかった。


「えぇ!!?どうして!?だってレッド、昨日帰ってきたって…」
「うん」
「じゃあなんで…」


言いかけた私の視線を捕らえたレッドは、いつも無表情なのに、こんなときばっかりふわりと目を細めてみせた。
昨日よりもっと優しい。もしかしたら確信犯なのかもって思うくらい。


「連れていきたいから」
「………だ、誰を…?」
「なまえを。他に誰がいるの」


ごもっとも、なんだけど…。会うのがあまりに久しぶりな初恋のひとが言う台詞にしては、刺激が強すぎるよっ!

ばくばくいいはじめた心臓に、私は言い聞かせた。レッドは天然なんだから、勘違いなんて絶対しちゃだめ。


「あ」
「なっ、何…?」


またレッドが声をあげるから、恐る恐る問いかけてみれば。


「それに、涼しい」
「……」
「……行きたくなった?」


くす、とレッドが息で笑う。今日のレッドは、昨日に増しておかしい。旅に出て表情豊かになったのかも。


「……うん」
「じゃあ、行こう」


うつむいた頭をぽんぽん、と軽く叩いて、レッドは私を促す。

妹に見られるのは嫌なのに、こうして妹にするみたいに、頭を撫でられるのはうれしい。
こんなんだからいつまでも、私はレッドのそういう対象になれないのかも…。

煩わしくなって、考えるのをやめた。

買ったばかりの白いミュールを履いて、レッドの後について、私は蒸し蒸しした夏に飛び込んだ。



(君と一緒に)(涼みに行こう)
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