novel | ナノ

(※わき役でオリジナルキャラクターが出てきます)



ニビに引っ越してきて早半年たった。私は人見知りで順応性も低い。きっと新しい職場、新しい環境に慣れるまでかなり長い月日を費やすのだろうと見積もって、その覚悟で新しい土を踏んだ。私のことが好きで仕方ないウパーのルパート君もさすがに苦笑をにじませ始めるほど、暫く私は寂しさゆえに彼に付きまとうのであろうと思っていたが、いまのルパート君を見ているとそんなことは全くない。むしろ家計簿を整理している私の足元でゴロゴロと寝転がったりたまにふくらはぎに頭突きをしてきたりするぐらいに彼の方が私にべったりのかまってちゃんである。それは私が思っていた以上に安定した精神状態でニビでの生活を送っているからである。そして私が安心しているのはちょっとだけ頼れる存在ができたからである。そしてさらに余計な色恋沙汰な悩みを持つくらいの余裕もできた今の私は、ちがった方面で少しよそよそしい。そして、ちょっと苦しい。

「しょうがないな…ルパート君おいで」

駄々こねるルパート君はかわいいが、かわいいルパート君もこのまま放っておくと部屋をびしょびしょにしかねないので、私は仕方なく彼を膝の上に乗せた状態で仕事をすることにした。さて、これとあれを終わらせたら7時の約束の支度をするか。どきどきしながら5時を少し過ぎたばかりの時刻を指す壁かけ時計に目を向けた。







その頼れる存在との出会いのお話。別にキラキラした出会いというわけではない。
その日ルパート君の気分転換としてディグダの穴とかいう不気味な場所を散歩道として選んでしまった私であった。ルンルン気分な小さな彼の傍らで内心びくびくしながら、松明が一定の間隔で壁に刺されている洞窟内を歩いていた。一本道を進んでいくと洞窟内に佇んでいたその彼と目が合ったのだ。ひとまず「こんにちは」とおどおどしながら挨拶をした私に、ナチュラルで落ち着いた声音と笑顔で発された彼の「こんにちは」は、知り合いも友人もほとんどおらず不安の渦中にいた私にとって、それだけのことが大いなる救いとなってしまった。その時、隣に銀髪でギザギザ模様の入った黒いスーツを着た青年がいなければ、少しだけ立ち話をしてみたかった。彼らはきっと商談中だったのだろう。背後から真剣に「この石はちょっと固すぎやしないか」「んーそうかもしれない。花崗岩が主だからな…」「でも他の場所だと柔らかすぎるんだ」などという会話が聞こえてきたから、職業は建築家かな?洞窟を出たころにはすでに月が見える時間帯だった。トキワの森に生い茂る木々の隙間から見える上弦の三日月に私の心は躍った。

彼とはその後もニビシティの市役所で出くわすことになった。目が合うと彼はナチュラルな笑顔を浮かべて「やあ」と声をかけてくれた。その笑顔に返した自分の笑顔が本能的であり過ぎなかったか、つまり表情の崩れ様がひどくなかったか心配したのを覚えて居る。彼は私の隣に腰かけた。

『君、ニビに住んでたんだな』
『アッ…はい。1週間前に引っ越してきたんです』
『ああ…なるほど』
『…あなたもここに?』
『ああ、俺は昔からここに住んでいるよ』

オレンジのブイネックのロングティーシャツが鎖骨のセクシーさを際立たせる彼の名前はタケシさんと言った。年は私と同じ21歳。その時彼の職業は聞くことができなかったが、私の仕事場の話をした際に共通のそこに知り合いが居ることを知り、今度そのメンバーで食事でもどうかという話を彼から持ち出してくれたので、その日の私のテンションは駄々上がりだった。




『え?』
『うそだろ…知らなかったのか?』
『え?え?』

それから3日後、仕事帰りにその共通の知り合いである私の同僚ケイスケと食事をすることになった。その時レストラン内で聞いた事実に私はお冷を吹いた。楽しみにしていた田舎風パスタのメニューもろくに吟味せずに思考は一直線にケイスケの話に向けられてしまった。あの彼は建築家などではなかったのだ。

『知らなかったんだな』
『ねえ、それ本当?私のこと二人でからかおうとか目論んで…』
『そんな嘘ついてタケシさんになんの得がある?』
『ジムリーダーのジムって…ポケモンがバトルするあの「ジム」だよね』
『ああ、そうだよ。てか頼むもん決まった?』

その事実を聞いてから複雑な気分で日々を過ごしたのだ。




翌週末のタケシさん含めての食事での私の態度はたいそうよそよそしかったらしい。知り合いから聞いた話一つで態度を変えてしまう私はなんて失礼な奴なんだろう。私を送ってくれると言ったタケシさんの思惑はなんとなく予想がつくものであった。そのくせ私はその予想していた対応に対して策を練ることもなく、町のジムリーダーの隣で胸をバクバク暴れさせながら背中をまるめて歩いていた。

『あまり気にしないでくれよ』
『何をですか…?』
『俺の仕事…』
『別に、気にしてないです』
『んーそうか?じゃあ敬語やめてくれ。同い年なんだし』
『いや、それは無理…です』
『それは悲しいな』
『…だって…お偉いさんの顔を知らなかったなんて恥ずかしすぎる、し、どんだけ世間知らずなんだって話だし、私なんてタダの平社員だし…』
『そんなことまた言ったら怒るぞ?』
『……』
『まあ…今日はいいや』

『またな、なまえ』と言われた瞬間私は隣を歩いていたルパート君の存在をすっかり忘れてしまい、頭突きをされた拍子に道端で転んでしまったことを覚えている。あんなに穏やかに話す彼が「怒るぞ」と少々厳かな表情を見せて言ったのだ。せっかく月明かりの弱かった夜だったのに、街灯のおかげでアスファルトにしりもちをついた私の恥ずかしい姿は道行く人には丸見えだった。




それ以降、ありがたいことに私はタケシさんにたまに食事に誘われることが多くなった。あの日のタケシさんは険しい表情の裏側に少し悲しそうな表情を垣間見せていたので、その失態を挽回するような気分で私は誘いを受け入れた。自らもたまに約束を作ってみた。そこにはケイスケもたまに同席していたが、ケイスケとタケシは本当にただの知り合いという程度の仲であり、深い話をするようないわゆる友人といえるような仲ではなさそうだということが分かった。

友人を作るのがあまり上手ではない私にとって彼の存在はとてもありがたく、生活に役立つニビの豆知識はとても役に立ったし、何より彼といる時の自分が無防備だ。本当に彼はニビのジムリーダーなのかと疑うほど、彼のまとっているオーラに気取ったものはなくナチュラルだった。笑顔も口調も挨拶も決して気取ってなどいなかった。しかしそれこそが彼の尊敬するべき点であると考え始めると頭の中は散乱していった。








かわいいかわいいルパート君は私が報告書を書いている間に膝の上ですやすや眠ってしまった。このままふかふかの布団に乗せて眠りたい気もするが私はこの後出かける。約束があるし何時に帰ってくるかも定かではない。小さなウパー1匹に留守番させるのも気が引けたので私は彼をモンスターボールにしまった。

約束の場所に着くと彼はいた。相変わらずナチュラルな笑顔で私に手を振るが少し近づいてみるとその表情は少し疲れているようにも見て取れた。様子をうかがおうとするが彼は、タケシさんはナチュラルに店に入ろうと私を促した。その時の目をそらすタイミングのナチュラルさが私には嫌にアンナチュラルに見えてしまったのだが…。この店は初めて来たところだ。中に入ると雰囲気は仕切りがたくさんある半個室のような居酒屋だ。

「タケシさん、今日はお酒飲むの?」
「ちょっとな」
「大丈夫?ケイスケから『タケシさんは超絶お酒が弱い』って聞いたよ」

「ああ…」と言ったタケシさんは苦笑した。

実はケイスケという私たちの共通の知り合いであり私の同僚である彼の名前を口に出すのが私には躊躇われたのだった。理由は2日前、あいつが酔っ払った拍子に道端で私に抱きつき、私に「好きだ」と告白をしてきたからだった。私がタケシさんに関しての相談を持ちかけたばかりだったのに、おまけに勢いで出てきたその告白は嘘か真か見当がつかなかった。運がいいのか悪いのか、その翌日タケシさんから連絡が来ていたので、実は先ほどから今に至ってここぞ何か変化の起こる時だと待ち構えていたのだ。うまく尋問されてしまうかもしれないし、アルコールを摂取することで何か取り返しのつかないことをやりかねない予感もし、プレッシャーにも酒にも私は用心するつもりだった。

「なまえも一杯ぐらいどうだ?」
「ははっ!タケシさんが『一杯』っていうのなんか変な感じー』
「あいつからどんな話を聞いてるんだよ…」
「別にお酒に関しては『超絶弱い』しか聞いてないけどね」
「そうか…。でもさすがにビール一杯ぐらいではつぶれないぞ」
「つぶれられたら困ります」
「ははっ。…で飲むか?」

やはり今日のタケシさんは少し変だった。彼ならきっと話を逸らせばビールを勧めてくることもないだろうに…。しかし私は彼に弱いのだ。あまり葛藤もせずに折れた私は、ビールは苦手だと言い、代わりに違う酒を頼んだ。

「何か悩みでも?」
「人間だれしも悩みはあるさ」
「悩みの大きさと友情の深さよって引き下がるか引き下がらないかは変わります。私は今日はちょっと強引に押してみるつもりでいます」

タケシさんはぐいと生ビールを喉に流した。

「悩みっていうか…ケイスケから聞いたけど?」

私は息をのんだ。ああ、やはりそう来たか。

「何を?」
「詳細を知ってるのは誰だろうか」
「…意地が悪いー…、酒が入るとそうなるの?」
「さあ」

さあと言ったきり言葉を切ったタケシさんはしれっとした顔をしていた。私はあきらめて自らその話題を切り出した。

「ケイスケに告られた話?」
「そうだろうな」
「ああああ…もう…私の悩み相談会かい!そんな予定じゃなかったのに!」

予期せぬ緊張の中に身を置かれたせいで普段回ってこない熱気が頬や脳内に流れ込んでいた。ハイボールを選んだのはどいつだ私か。店内はがやがやと騒がしく、お互いの声を聞き取るのは少し困難だった。

「悩んでたのか」
「ん?ま…ちょっとね」
「まあ俺の悩みもその件だけどな」
「え?今なんて?」
「いや、なんでもない」

タケシさんは手を横に振ってジョッキに口をつけた。

「…で、付き合うのか?」
「付き合うって…。あっちが酔ってたから本当かわからないし…」
「酒が入ってこそ言えない本音が出てくるもんだろ」
「…どうだか。人に寄りけりでしょ」
「少なくとも俺はそうだし、あいつもそうじゃないか?」

ケイスケの告白の真相はわからないけれども、私は「彼とは付き合うつもりはない」という意志をタケシさんに示すことを会話中で怠らないように努力した。タケシさんにはわかっていてほしかったのだ。しかしそう話すと「他に好きな奴がいるからか?」という彼の問いかけが飛んできたのだった。胸を襲うざわざわとしたこのやらしい感覚は知っている。何であるかも結構前からわかっている。私は無言を通したが彼はそれを、私の常日頃の受け答えや会話での反応を応用し肯定と受け取ったらしかった。

帰りはタケシさんが私を家まで送り届けることになった。帰り道の話題は私から「今度ポケモンバトルでもしてみないか」と少し冗談っぽく切り出したポケモンの話で盛り上がった。ルパート君でイワークを鍛えてあげる、と誇らしげに言うと彼は上機嫌に笑った。今まで見た中で一番楽しそうな笑顔に私は舞い上がってしまったのだ。それにつけ込むように靄のかかっていた心に安堵というやさしい光を当てたのは満月の月明かりか、それとも彼か…。

いよいよ自分のアパートにたどり着き、私は先ほどは躊躇われた質問を、少し勇気を振り絞って口にしてみた。一見優しいように思えた月明かりは実はアルコールのように私をいざなっていたのだ、と責任転嫁。

「タケシさん」
「なんだ?」
「あのさ…私がもしあいつと付き合ったらどうする?」
「………」
「…タケシさん」
「やっぱりそういう可能性はあるのか?」
「それは、ないって!さっきないって言ったでしょ!」
「そっか…よかった」
「?……えー…と…?」
「そういうことさ」
「……あ、の…」
「『付き合うつもりはない』って聞いて俺は安心してる」

ああ…困った。なんて遠回しな口説き文句というか…私にはこれをどういう風に受け取りどういう風に反応を返せばいいのか判断するには引き出しが少なすぎた。

「そっか…わかった。えーと…今日は楽しかったよ!おやす」

流してしまおうという唯一の引き出しを引いてみるがうまくいく予感なんて端からしていない。案の状、この異常な空気から最終的に「にげる」という選択は許されなかったらしい。私の腕はしっかりとタケシさんの大きく男らしい手に握られ、その場を去る足は止められていた。

「ここまで言わせてそれはないだろ」

彼の真剣な表情と真正面から向き合った瞬間、すさまじい勢いで体中を熱が駆け巡った。病気になってしまったみたいだ。恥ずかしい、うれしい、でも
怖い・ ・ ・・・…。

なんと驚くことにその一瞬で理性的な思考がなだれ込んできた。
私は自分が思い描いていたのとは真逆のことを言ってしまったのだ。






20120607
聖ちゃんハピバ!
Hope you have a lovely day X)


*****

「あのおばかさんがここにいる」のハチのくさんことびーちゃんから、お誕生日にお祝いいただいてしまいました…!しかも、しかもタケシです。マイナーのど真ん中をいくゲームタケシですが、HGSSタケシのあの落ち着きというか男らしさというか、ゆらがない感じは他に類をみないと思うのです。包容力…!
そしてそんなマイナーなタケシをこんなに魅力たっぷりに書けるのは、さすがはびーちゃんといったところで…。一歩先を行くタケシさん、すこし意地悪い質問するタケシさん、大人の駆け引き、格好よすぎてもう脳内できゃあきゃあ言ってしまいました(笑)
びーちゃん、本当にありがとう…!
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