novel | ナノ

おだやかな振動はゆっくりと、しかし確実に人のこころを落ち着け、眠りに誘う。がくん、がくんと落ちてはあがる目の前のあたまを何の気なしにながめてはいるものの、私の意識もおなじく絶壁の淵にあるようなものだった。

朝のバスはどうしても眠くなる。ふだん使い慣れている私でさえそうなのだから、この日のためわざわざ乗った子たちにとっては生殺しもいいところだろうな。制服からして同じ目的地のはずだけど知らないひとだし……、どうしよう。もし着いても起きないようだったら起こしてあげるべきなのかな。私も眠いけど、さすがに立って寝るなんて器用なことはできないし。


「なまえ」


ちからの抜けそうになる膝を精一杯ふんばって、眠気に耐えるためにひたすら思考をめぐらせていたから、とつぜん肩をたたかれてぎょっとしてしまった。


「わっ、……びっくりした…!」
「なに、もしかして寝てた?」
「寝てはないけど寝そうだったとこ。……あーもう、びっくりしたー」
「あはは、ごめんごめん」


ふり返った先でひらひらと手をふったクラスメイトは、肩をふるわせた私をみて容赦なく笑った。やわい光を引きつれたセミロングの彼女は、決してがらがらではなく、かといって窮屈でもない車内をうまく横切って私のとなりにおさまる。話し上手な子だから話題に事欠かない。おはようのあいさつもそこそこに、彼女の一声はさっきと変わらず名前からはじまった。


「なまえはさ、もう進路きめてる?」
「また朝からヘビーな話題だね……」
「だってさあ、聞いてよ。部活の子、ほとんどが美大行くって言いだしたんだよ」
「ビダイ?」
「美術大学。だいじょうぶ? 起きてる?」
「あ…うん。ごめん、大丈夫。そっか、美術部だったもんね」
「そうなんだよね。美術部なら美大行くのが当たり前、みたいな勢いなんだよ、ほんとに」


すこしうんざりしたような声音なのは、私が寝ぼけていたのとは関係ないはず。下がった口角に乗る皮肉めいた微笑に苦笑いを返せば、それが火をつけたかのごとく畳みかけがはじまった。


「私が知ってるだけでも美大志望が10人、美術系の専門志望が8人。もともと全部で20人だよ? 異常だと思わない?」


たしかに、学校自体が大学受験を前提としたような校風であることはたしかだけど……ひどく批判的なその様子に、私は首を傾げるしかなかった。知るかぎりではこんなに攻撃的な子ではなかったはずだけど…。微妙な心境が出てしまったみたいで、彼女ははっとしたように首をふった。


「あっ、ちがうよ。私は美大を受ける人のことは尊敬してるよ」
「うん……?」
「あはは、なにぽかんと間抜けな顔してんの!」


すなおに思ったことを口に出すぶんだけ地味に辛辣なことを言うのがこの子の常だから、私もうるさいなと言い返すことができる。毎日のバス通いで仲良くなったばかりの頃は、この子のこんな軽口も本気に受けちゃって落ちこんだりしてたっけ。

ふいに思い出して懐かしくなったけど、たぶんこんな些細なことを言おうものなら笑い飛ばされてしまうからしまっておくことにして、私はだってさと言い訳をしてみせた。


「まどろっこしいよ、結局なにが不満なの?」
「ずばっと言っちゃうとね、本気じゃないのが不満なの。だから部長はいいんだよ、予備校まで通ってるんだし」


部長……はもちろん美術部部長なはずで、心臓がどくりと跳ねてしまう。もうずいぶん前のことなのに、許さないと睨まれたあの子の名前がちらつくたびに鼓動が反応するのはどうしてなのか……気づくのが怖い。

曖昧な返事しかできなかったから、直後によく知った名前を出したのは彼女の無意識な仕返しなのかもしれなかった。


「そう言う意味では、るりもなんだよね」
「え?」
「仲いいのに知らないの? あの子、専門志望だよ」
「うそ、知らなかった。推薦じゃないの?」
「うん、違うらしいよ。昨日、部活の時に聞いたんだけど」


推薦が取れなさそうだからって専門狙うとか、邪道だよ。本気の子に失礼すぎるし、そんなに甘くないよ。きっぱり言い切ったつよい物言いに圧倒されてしまう。図らずも落ちてきた沈黙はまどろみのなかにあった朝のバスにゆっくりと降り積もり、アイドリングストップ運動と黄色いステッカーを貼ったバスは、低いうなりをたててエンジン音をとめる。

かすかな微笑みをのせたアナウンスが沈黙を泳ぎ、ことばもなくじっと窓の外をながめていた私たちははっと息を呑んだ。


「もう着いたんだ」
「ね。意外と早かった」


ぽーんとチャイムが鳴りひびき、ボタンから手をはなして彼女はすこし笑う。まなじりを垂れ、困ったようなその表情はみなれなくて私は首をかしげた。


「ごめん、私、好き勝手言ったよね」
「ううん。大丈夫だよ」


1年の頃からずっと特進でがんばってきて、絵も上手。なにもかも人一倍がんばり屋だからこそ他人にもきびしいけれど、彼女はぜったいに嘘は言わないし、思ったことを口に出すかわりに敵はつくっても、裏切ったりはしないことがわかっていたから。

なにより私が、彼女を責めることばなど持っているはずがなかった。運転席のおおきな窓ガラスの向こう、どこかすでに熱気に満ちてみえるおおきな四角い建物が、こちらをじっと見つめていた。

まもなく金切り声をあげてタイヤが止まり、私たちは急なステップを転がるように降りた。待ちきれなかったように背後で扉がぴしゃりと閉まる音にかぶせて、そういえば、と取り繕うように発せられたことば。あまりにふいうちだったからうっかり丸飲みにしてしまって、おもわず呼吸をとめる。


「そういえばグリーンくんってさ、ああ見えてここのところ彼女いないんだって!意外じゃない? もっとちゃらちゃらしてるのかと思ってたよ、私」

joy/120713
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