novel | ナノ

ばったり、とまさにその表現がいちばん正しいと思う。せっかくイッシュ随一のショッピングモールに来ているっていうのに、スタイリッシュな服よりもモダンな雑貨よりも、何よりも先にポケモンフーズコーナーに直行する私も私だというのは認めるけれど。

それでも、まさかこんなところで彼に会おうとは思ってもみなかったから、私は素直に驚いた。

ゆったりとした動作で長身を進めるギーマさんは真剣に商品を吟味していたのだけど、ふと視線に気づいたのかこちらを見て、そうしてまるで鏡みたいに目をみひらいた。べつに逃げていたわけでもないし、むしろ立ち止まってじっと見つめていたんだからそう思うのはおかしいはずなんだけど、なんとなく見つかってしまった気分だった私はちょっと苦笑いをする。

ギーマさんは最初の驚きが冷めると別段急いだ様子もなく、さっきと何ら変わらぬゆっくりとした歩みで私の方へやってきて微笑んでくれた。


「……やあ。驚いたな、まさかきみと会えるとは思っていなかったよ」
「こんにちは。私もびっくりしました。こんなところでお会いするなんて」
「きみの言うこんなところ、というのはどういう場所のことなのか、わたしとしては非常に気になるな」


思わぬ切り返しに詰まった私を見下ろして、長身のギーマさんはくちびるに笑みを浮かべる。ギーマさんが一介の挑戦者にすぎない私を記憶してくださっていたとは思っていなかったけれど、一介の挑戦者にすぎない私がギーマさんをよく知らないのもまた、事実だったのだ。

それは、と弱々しくことばを紡いだ私をさえぎって話題を変えたギーマさんに、私は踊らされているのだろうか。それとも、これがギーマさんの素なのかな。

かたわらの棚に位置する高級なブレンドフーズ缶を手に取り眺めるギーマさんを、明るすぎる電灯の下で見ていられるのはどこか新鮮で、同時に誇らしくもあった。悪タイプ・やんちゃな子用とラベルの貼られたそれは、タイプ・性格別の特殊なブレンドフーズで、ここにしか売っていないもの。私のかごにもひとつ存在しているそれを、ギーマさんのあの猛々しいポケモンたちも食べているのかもしれない。


「ここの品揃えはいつ来ても素晴らしいだろう?」
「そうですね。ギーマさん、ここにはよくいらっしゃるんですか?」
「自分で言うのも何だが、おそらく常連だよ」
「そうなんですか!? 私もなんです」


おもわぬ共通点にまたびっくりしてしまう。たしかにここのポケモンフーズは、通うだけの価値があるものだけれど。自然と弾んだ私の声音に、ギーマさんの口もとが緩んだのに気づいた鼓動はかすかに跳ねた。


「……きみがどういうつもりで言っていたのか、わたしにはわからないが」


そこでいったんことばを切ったギーマさんは、その缶を手にしたまま歩きだした。わずかに流し寄越された視線はごく慣れた様子で私をうながす。こつ、こつとギーマさんのかかとが白い床を響かせ、私の汚れたスニーカーがそれを追った。


「たとえばチャンピオンを初めとしたわたしたちリーグの人間は、世間一般で言うならいわゆるアッパークラスに入るだろう。それを否定はしないよ。それなりのものを揃えることもできる。……だからこそ、選ぶこともできる」


ゆっくりとした歩調にあわせてことばが紡がれ、黒い後ろ髪がゆれる。透けて見えていたらしい私の浅ましいあたまのなかが恥ずかしくて、私はうつむいた。決してそんなつもりはなかったのだけれど、軽率なことを言ってしまったばっかりに。

はい、とただただちいさくなる私の声をどう思ったのか、先を歩いていたギーマさんが突然に歩みを止めてふり返る。きらりと電光を反射する黒い革靴がくるりとまわり、私は驚いて顔をあげた。すこし困ったように寄った眉のした、やさしく気づかうように笑むひとみと出会う。


「すまないね。萎縮させてしまったかな」
「いえ。そんなことありません」
「わたしはこれでも、きみを責めているつもりではないんだが」


うまくいかないものだな、と自嘲するように笑ったギーマさんの表情は、いつかの対峙した時とはずいぶん色が違っていた。

知らず知らずのうちに息をとめていたのかもしれない。もどかしいほど動かない私のくちびるに嫌気がさしてしまって、酸欠にあえぐ心臓が左胸で着実にスピードをあげている。さっきよりずいぶんキャッシャーに近づいた棚の影で、いつもならお財布と相談をするこの場所で、私はギーマさんを見上げているのが信じられない。

首に片手をやったまま横を向いていたギーマさんはしばらくして、ちいさくため息をつくとひどくやさしく私に向き直った。


「……なまえちゃん、久しぶりにバトルをしないか」
「ポケモンバトル……ここで、ですか?」
「そう。リーグではバトルでの賭けが禁止されているけれど、ここでは問題ないだろう? だからわたしと賭けをしよう」


にっと口端をつり上げると、やさしさは一変して「四天王」のギーマさんの顔になる。左心房に燻っては酸素を燃やすものが何なのか、私はそれを考えるのを一時放棄した。


「いいですよ。条件はなんですか?」
「わたしが負けたら、きみのそのかごの中身をすべてわたしが支払おう」
「えっ……いいんですか?」
「もちろん。ただし、わたしは簡単には負けないよ」
「私だってそうですよ!」


好戦的な笑みを返したのはつられたからなのか。スイッチの入った私はぞくぞくと背筋をはい上がるような闘志に身をまかせていたから、心底うれしそうにギーマさんが笑うのに追いついていくことができなかった。

では失礼、と断りのことばを聞いたときにはすでに遅く、ギーマさんのつめたい指先が私の手からかごをそっと、けれど有無を言わさぬ強引さで奪い取っていく。疑問の声をあげる間もなく耳もとに寄せられたくちびるから言い渡されたのは、表裏一体の条件で。


「ただしわたしが勝ったらそのときは、食事につきあってもらうよ」
「……ギーマさん、それって」
「一流はプライベートを大事にするんだということを、きみには知っておいてもらいたくてね。……ああもちろん、きみはすでに一流だが」


ギーマさんはあらかじめ持っていた缶を軽く振ってみせる。負ける気なんてさらさらないから、奪われたかごを取り返すべく私はギーマさんの革靴を追いかけた。
120221 「記号と街」さまに提出
120227 サイトに掲載/R9
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