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春真っ只中の蜜色の昼下がりは、眠くなるけど、絶好のチャンスなのかもしれない。

それは校内一…ひょっとしたらホグワーツ史上最も天才で、おまけにハンサムで長身、スポーツ万能でみんなの人気者のトム・リドルが、いつも被っている仮面を脱いで、ゆったりとくつろぐ時間だからだ。

まあチャンスと言うのも、みんなにとってのだけど。少なくとも私には地獄だ。リドルの被ってるのは仮面とかネコだなんて可愛いものじゃない。化けの皮だ。

「なまえ」
「…なんでしょう?」
「聞こえてるよ」
「聞こえて……え?」

振り返った私は、毒々しいくらいに優しい微笑みを浮かべて、手にコーヒーの入ったマ
グカップを持ったリドルを見て凍り付いた。

彼はゆっくりとこちらへ歩いてくる。表情とは対極の光を浮かべる瞳が細まる先で、私は文字どおりに、蛇に睨まれたカエルだった。

「どうやらきみの思考回路っていうのは、ずいぶんと粗末なつくりのようだね。考えたことがそのまま口に出るなんて、不便でしょうがないだろう?可愛そうに」

私の座っていたダイニングテーブルに、私から目を反らさずにことりとカップを置いたリドルは、そのままゆらり、と私に近づいた。私は言い返すこともできずに、ただ酸欠の金魚みたいに、間抜けに口をぱくぱくさせた。

「いや、可愛そうなのは元からかな。この僕の秘密を知ってしまったんだからね。その時点できみが籠の鳥になるのは分かっていたことだし」

金縛りにあったように動けない私の頬を、リドルは細長い指でさらりとなぞった。その手が後頭部に回り、もう片方が唐突に腰に回された、と思ったら次の瞬間、私は座っていたテーブルの上に押し倒された。

「〜〜っ!?」
「叫びたいなら叫びなよ。どちらにせよ、誰にも聞こえないけど」

私の両手首を縫い付けるようにしながら、リドルはちらりと視線を流した。見なくても分かる、その先にはドアがあるのだろう。頑丈で、私とリドル以外は誰も知らないドア。彼が様々な魔法をかけて、巧妙に隠したんだから見つかるわけがない。

私はぐっと唇を噛み締めて目をつぶった。冷たく整った顔が、私の上でくつくつと笑う。

「気が強いな、なまえ。一度も弱音を吐かない」
「……」
「僕が嫌いか?」
「……嫌い」
「だろうね。それはよかった」

いつものやりとり、けどリドルの返事が一瞬遅れた気がして目を開ければ、彼の顔はもう目の前にあった。

黒い双眸に慌てて思わずまた目をつぶれば、間近に来ていたリドルの動きが止まった。

「………ろ」
「……」
「……開けてろ」
「………」
「なまえ!!」

リドルがいつになく強めにささやいた。びっくりして私は目を開く。相変わらず近くにあったリドルの顔はどこか苦しそうで、私はさらにびっくりした。

「目を開けて、僕を、見ていろ」
「…え、」

リドルが飾り気のない命令口調を使ったのも初めてだった。

「…リ…ドル……?」
「……うるさい」
「何が…」
「黙れ!」

余裕のなさそうな様子が物珍しくて、ついまじまじと見てしまう私を、リドルはついに睨んだ。

「きみは僕だけを見ていればいい。嫌いでもなんでもいいからただ僕だけを見て、僕の言うことだけを聞いていろ。逆らうな」

めちゃくちゃな命令をつきつけられるのは初めてではなくても、こんな…一歩間違えれば勘違いだってできそうな言葉、言われたことがない。

「リド…っ」

呼び掛けようとした声は、彼の唇に吸われて潰れた。噛みつくような口付けがだんだん優しくなり始めたとき、私は確かに、彼のささやきを聞いた気がした。


蜜色の春の昼下がりは、眠くなるけど、絶好のチャンスだ。それは意地っ張りで不器用な私が、私たちが、素直になれるくらいあったかいから。



(縛っておいて今さら)(妬いたなんて言えない)
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