novel | ナノ

※捏造設定あり



自分が欲張りだと意識したことはなかったのに、まさかこんなときに限って思い知るはめになるなんて。さくさくと軽快な音をたててうっすら積もった雪を踏みしめるユウキの指先は同じ温度で溶けあう私のものと絡まり、暖かいコートのポケットでじわじわと私の脳内を侵食している。

ユウキとこうして冬を越えるのは、キャンパスで出会ってからだからおおよそ2度目なのだけれど、去年の冬はこんなにちかい距離をお互いに許していなかった。それなのにいつのまにかとなりを歩くのが当たり前になって、笑いあったり、時にはけんかして仲直りするのだって当たり前になって…手をつなぐのでさえ当たり前になった。お互いの間に当たり前が増えるほど、私は欲張りになる私自身を無力感のなかでかみしめるとわかっているのに、どうしたってとめられないのだから質がわるいとしか言いようがない。

ぎゅっとちからを入れてしまった私の指を、応えるようにおなじだけのちからでそっと絡めなおしてくれる。私よりふるえてためらっていた面影はもう、どこにもなかった。


「やっぱり寒いな、カントーは」


夜に染められた帰路のうえ、風の吹きはじめを予期したようにユウキが言う。私だって寒いけど、触れるだけで思考回路が溶けてしまってそれどころじゃないのに。いつの間にか、おなじ足並みで歩いていたはずのユウキの背中を私は追っていた。


「ホウエンがあったかいんだよ」
「そうやって何でもかんでもカントー基準で考えるのやめろよな」
「だってここはカントーだよ」
「だから、そういうことじゃなくてさ……」


ユウキはふり返ってちいさくため息をつく。まるで物わかりのわるい小さな子どもを諭すように。さっきから空回りばかりしている私はとうとう空に笑われてしまったみたいで、ちらちらと降りてきた憎らしい笑顔の欠片がユウキの髪に、私の肩に積み重なってとけていく。街頭をあびた積雪だけが、ぽっかりと頬をさす空気をあたためるようにぽつぽつと暗やみに浮かんでいて、楽しかった日中をまるで夢みたいにはかなく見せる。


「おまえもホウエンに来てみればわかるよ。あそこに住んだら、カントーはもちろんジョウトだって寒くてたまらなくなるから」


何気なく放たれたことばに反応してしまうのはきっと、私が過剰に意識しているからに他ならないんだろうな。

ホウエンにはユウキのご両親がいて、お父さんはジムリーダーを務めていらっしゃるらしい。私にとってホウエン地方はユウキの家があるところでしかないけれど、ホウエンの知識ならふつうのひとよりたくさん持っている自信はある。そのほとんどは積み重ねた時間とともにユウキがくれたものだけれど、覚えていられたのはそれが私にとってのホウエン地方だったからで。

ジョウトの冬もカントーの冬もたえられなくなるほど暖かいホウエン地方ってどんな感じなんだろう。思いをはせていたら、いつのまにかさよならをする私の家の前へ着いていた。おもむろにこちらに向き直り、何も言わずひとつ、ふたつと私の肩に積もる雪をはらってくれるユウキの手のひらが私の髪をゆらす。反対がわの手がポケットから青い外気へとおだやかに私をみちびいてくれる。足もとにかかる寂しげなスポットライトをやけに意識した。

口数がすくなかったせいかもしれない。しんしんと冬が降り注ぐ住宅街には、鼓動がいつもより大きくひびいている気がした。


「……私、寒いのにはつよいんだよ」
「しってるよ。オレとは真逆だよな」
「暑さにはつよいのにね」
「つよいんじゃなくて、強くなったんだって」
「あれ、そうだったっけ……?」


降り注ぐ光のかけらにさげていた視線をあげたのはどうしてだったのか、そもそもどうしてさっきからこんなに鼓動がひびいていたのか。

ユウキはまるで私がそこで顔をあげるのを知っていたみたいだった。明暗の差にくらんだ網膜いっぱいに、すこしだけ傾けられたユウキの顔がとつぜんひらけて、


「……なんで、そんなに余裕なの……」


くちびるに触れるだけのぬくもりはやさしく、ほんのりつめたかった。伏せられた睫毛はちかくて、おもわずまばたいてしまった私の睫毛が触れたのか、ユウキはぴくりと身じろぎをしてからそっと離れた。間近にあらわれたひとみに吸いこまれそうで、またうつむいた私のつぶやきを拾ったユウキは私の肩においていた手で私のあたまをそっと撫でながら、ちいさく笑い声みたいな吐息をこぼした。


「……ぜんぜん、余裕なんかじゃないよ」
「……うそ」
「うそじゃないって」
「だってユウキ、前はもっと……」


言いつのろうとした私を制するように、外気にさらされてすっかり冷えてしまった手をぎゅっと握りなおされる。手をつないだままだったことすら意識の範疇外だったくせに、未だつよい鼓動を保つ私の心臓はこうなることを知っていたのかもしれなかった。握り返した手のふるえはどっちのものなのかわからなくて、けれどもう一度視線をあげたときに出会えたのはくやしさなんかじゃなくて、さえぎられた疑問も熱でとけ消えてしまっていた。


「来年、ホウエンに行こう。案内してやるよ」
「……うん。ありがとう」


いつの間にか背にまわっていたうでで引きよせられるまま、額で互いの熱を測るようにしてささやかれた約束に微笑んだ。
ace/120204

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