novel | ナノ

※細部に捏造あり



ちょこちょこと後ろを歩いてくるちいさな身体を意識してしまって、何度も何度もふりかえる。そのたびに私を見あげてはじっと見つめ、ときおりちいさな鳴き声をあげる必死ないきもの。草むらに飛びこんだら見えなくなってしまうくらいちいさくて、私が守ってあげなくちゃいけない、なんて思っていたのに、いざポケモンが飛びだしてきて怖じ気づいたのは私の方だった。本能的にわかっているのか、後ろにいたはずの身体は私を庇うように前に出ていて。

気づいたら、私とヒノアラシはバトルに夢中になっていた。

もちろんおつかいだって忘れていなかったけれど、もう楽しくて楽しくて、草むらでたくさん傷をつけてはヨシノシティのポケモンセンターにお世話になっていた。それでも日が暮れないうちにポケモンじいさんのお家にたどりついて、ふしぎなたまごを預かって。

見あげてくるヒノアラシのひとみに微笑むことも自然にできるようになった私は浮かれていたから、ワカバタウンで見かけた不審な赤髪の男の子のことなんて、すっかり忘れていた。

ほのおタイプだからがんばってほのおを操れるようになろうねってポケモンじいさんのお家で約束してまもなく、赤ちゃんみたいでもかすかな火を使えるようになったヒノアラシはうれしそうに花壇の花の香をかいでいる。わずかに焼けはじめた空を見あげて、ポケモンセンターを後にした。


「……あ」
「…おまえ」


ゆったりとした時間の流れるヨシノシティだから、のんびりした空気の流れにそぐわないひとはぱっと人目をひいてしまう。それはワカバタウンにも言えることだったから、せかせかとこちらに向かって歩いてくるきつい色をまとったそのひとのことも、私はすぐに思いだすことができた。

だけど、まさか向こうも私を覚えていただなんて予想してなかった。


「さっきポケモンもらってただろう」
「そうだけど…」
「ふん。おまえみたいな弱いやつにもらわれたポケモンも可愛そうにな」


おもわず呆然としてしまった私に、彼は怪訝そうに首をかしげた。何言ってるのかわからないのかよって聞くけれど、なじってほしいのかな。それとも怒ってほしいの?

ゆらゆらとそよぐ風にちらばる長い髪の毛が目に鮮やかで、なんだか怖かった。今まで幼なじみのヒビキくらいしか、同じ歳の男の子をしらなかったからかもしれない。ヒビキはこんな乱暴なことばづかいをしなかったから、どう言ったらいいのかわからないだけなんだけれど。


「…ちょうどいい……分からせてやるよ! 行け、ワニノコ!」
「ひっ、ヒノアラシ!」


男の子がとつぜんモンスターボールを振りかざすから、なんとなく条件反射でへんな声が出てしまった。べつに殴られたこともひっぱたかれたこともないし、そう思ったわけじゃないのに。

ぽんっと現れたワニノコはひどく怯えているように見えたのだけれど、元気よく前に飛びだしてくれたヒノアラシの背中からぶわっと、勢いよく噴きだされたほのおに私の意識はすべて持っていかれてしまった。


「う…わぁ!すごい、ヒノアラシ!どうしたの?」
「仕掛けてこないならオレから行く。ワニノコ、『ひっかく』だ!」
「あっ…!ヒノアラシ、『体当たり」!」


合図なんか何もなく、問答無用ではじまったのは人生ではじめての対人バトルだった。どうしたらいいのかなんて考えもせずに私はただ必死でのめり込んだし、それはたぶん男の子も、ポケモンたちもいっしょだった。野生のポケモンたちは保身のため、生きるためにこちらに戦いをしかけてくるけれど、それとはまた違った高揚感。相手の考えていることを読もうとし、相手にこころを読まれまいとする。けれど夢中になっていくうちに、だんだん男の子のことがわかるようになってくる。

ヒノアラシが傷つくと私も痛い。ワニノコが傷つくと、男の子も痛いんだってこと。


「ワニノコ、『ひっかく』だ!」
「ヒノアラシ、『ひのこ』!」
「えっ…!?」


いつも男の子の眉間に寄っていたしわがふっとなくなって、びっくりしたときの顔が見えたときには、とさりと軽い音をたててちいさな青い身体がくずおれていた。

それをみてびっくりしたのは私の方で、男の子の眉間にはもう、しわが戻ってしまっていたのだけれど。


「ふん…勝ってうれしいか?」


にっと、意地悪く笑った男の子のポケットからひらりとカードが落ちる。ひろったそこに書かれていた名前を見てしまったのも、きっとカードが落ちてしまったのも偶然、だったのだけれど。


「…シルバーくん」
「…おまえ…っ」
「あ、ごめんなさい! 落ちたから…これ。はい」


差しだした私の手からカードを奪い取るように取り返した男の子、シルバーくんの気迫はさらにヨシノシティにずれを生じさせていた。いつのまにか忍びこんできた夜の色は私たちの視界を暗くし、ヒノアラシの背に灯る火をまばゆく縁どる。

それ以上なんにも言わずにワニノコをボールにもどし、足早に去っていくシルバーくんが起こした空気の流れはあいかわらず、花の香りがした。


「ひの、ひーの!」
「あ…うん。そうだね、おつかいの途中だったよね」


ついさっきまで、あたまのなかにしっかり残っていたはずの重要項目が抜けおちている。あんなに夢中になったバトルよりも夢中だったなにかが、この短時間に…シルバーくんと過ごした時間にあったのかもしれない。だけど結局それもよくわからなくて、つんつんと靴をつついて先をうながすヒノアラシに急かされ、いつのまにかまた私は笑っているんだけれど。
120105
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