「なっちゃん、がんばってるかな」 「あのなっちゃんだよ?がんばってないはずないよ」 「…たしかに」 るりちゃんがやけに力づよく肯定するのが面白くて、こころの底から同意したつもりでも思わず笑みがもれてしまう。 日に日に長くなっていく陽の色が空一面を染める下、ばらばらとひろいグラウンドに散った人影はそれぞれ近づいては離れ、離れては近づくのをくり返していた。この時間にグラウンドを使えるのは私たちの学年だけのはずだけど、こうしてみるとリレー選手ってずいぶん多い。 けれどきちんと目をこらせば、すらりとしたシルエットと短髪はすぐに見つかった。 「あっ、あそこ!あそこにいるよ!」 「うん。私も見つけた」 「なっちゃん、かっこいいー!!ほらなまえ、行こうよ」 「え、行くってどこに?」 「決まってるじゃん、なっちゃんのとこだよ」 るりちゃんが思いのほか強引な子だったなんて、丸2年間いっしょにいて初めて知ったかも。ぐるりとグラウンドを囲うように建てられた鉄柵のとびらをすでに開いていたるりちゃんは、私の逡巡も抗議も華麗なほどすべてスルーして、さっさとグラウンド内部に侵入してしまった。 つやつやしていたはずのローファーが、粉っぽい土煙でみるみるうちに曇っていく。私より先に駆けだしていたるりちゃんは、スタートブロックの調子をたしかめるために屈んでいたなっちゃんに突進していった。 「なっちゃーん!応援しに来たよ!」 「るり。…と、なまえじゃん。あれ、ふたりとも部活はどうしたの?」 「これから行くとこ。ちょうど私もなまえも掃除当番だったからね、どうせ遅れるならって、ちょっと様子見に来たの」 「ああ、そっか」 そっけない返事のわりにうれしそうに表情をゆるめたなっちゃんは、後ろ足のブロックをひとつだけ後ろにずらしてから改めて私たちを見上げた。 「今年の選抜はたぶん混戦だよ。きっと面白いことになる」 「ほんとに?」 去年の選抜リレーはほとんど出来レースだったのに…。思わず同時に疑わしそうな声をあげてしまった私とるりちゃんを見やり、なっちゃんは立ちあがりながらにっと笑ってみせた。長くなった影は私たちの背後に悠々とのびて、生暖かい風に染まった髪がゆれる。 ほらあれ、となっちゃんが示す朝礼台には、リレ選男子がなぜかクラス入り乱れて固まっていた。 「今年、なまえのおかげでクラス替えあったでしょ?あれでずいぶん、男子の戦力がばらけたんだよね」 「あ…そっか。言われてみれば」 「そういえばそれ、堀木も言ってた!」 はっと息を吸ったるりちゃんの声は、それほど大きな声量でもなかったのになぜかよく響いた。傍らを走り抜けていく女の子の背は風に乗って、ぐんぐん遠ざかっていく。 「堀木といえば…るり、あんた彼氏さんの応援も行くべきだよ。私ばっかりじゃなくて」 「えぇ…っ、でもほら、男子いっぱいいるし」 「大丈夫だいじょうぶ。いま女子がトラック使ってるけど、もうすぐ男子と代わるから。そうしたらあの集団もばらけるし」 私もついて行ってあげるから。そう言ったなっちゃんの顔は、ちょうど夕日の影になってよく見えなかった。 るりちゃんが、なっちゃんが、たぶん堀木の姿を探してもういちど男子集団をふり返るけれど、私の視線だけはまた、朝礼台の上にあぐらをかいてだれかと話しているグリーンにどうしようもなく吸いよせられてしまう。特別背が高いわけでもないのに。 遠くで女の子の高い声が聞こえて、私たちは同時にぱっとそちらをふり返った。なんて言ったのか私には聞き取れなくて、けれどちゃんとわかったらしいなっちゃんの声は夢からさめたみたいにはっきりとして聞こえた。 「…じゃあ、私走ってくるね」 「がんばってね!」 「私たちここで応援してるから」 「ありがと」 じゃあねとほほえんだなっちゃんの背中は、至極自然に風にとけていく。となりでるりちゃんがうれしそうに応援する声は突風にさらわれて追いつけそうになかった。 sugar&spice/120104
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