novel | ナノ

隅っこに引いてきた椅子に座っていた米田先生が苦笑いをして、代行しているクラス委員の男の子をふくめクラス全員に声をかけた。


「おいおい、だいぶ暴走しているなあ」
「何言ってるんですか、今さらでしょう?」


濃い深緑には不釣り合いなほど細やかな白が、箇条書きにずらずらとならぶ。チョークを片手に進行役のサポートをしていたクラス委員の女の子が切り返したからかい混じりの応答に、やりとりが聞こえていた前列のクラスメイトは楽しそうに笑った。

そうしてざわめきが絶えない間にも、まじめなもの、不まじめなもの、ギャグに徹底したもの、秀逸なもの……たくさんのスローガン候補たちが、ていねいにみんなの前に連ねられていく。

週に一度だけのロングホームルームは、クラス全員が同じ教室に集っておなじ時間を過ごすことができる貴重な時間のひとつ。先生もそれをわかっているからか、自分の席に着いていない子がいても特に見とがめることもなく、特進クラスはやわらかな午後のなか、似合いなほど陽気だった。


「すごいね…レベル高いじゃん」
「ほんとにね。さすが最高学年って感じがするよ」


がら空きになった私のとなりの席にやってきたゆっきーは、手持ちぶさたに私のシャーペンをくるくるもてあそびながら感嘆の声をあげた。歴史に引っかけたものから有名な物理公式みたいなものまで、受験ネタが豊富なのはやはり特進クラスらしいのかもしれない。

ゆっきーにシャーペンをとられてしまって私も指寂しくなり、代わりにとまるくなった愛用の消しゴムに手をのばす。わっと教室の後方が湧いた。


「いいじゃんそれ、出してみろよ」
「なーに照れてんだよ」
「うっせ」


くすくすと笑いながら、あの女の子たちも他の男の子たちも後ろをふり返る。消しゴムの存在なんて、あたまのなかからすっかり消えてしまった。


「グリーン、どうした?」
「いや、オレじゃなくて久世がすっげーいいアイディア持ってるんですよ」
「ばっ、黙ってろよグリーン!」
「久世、どんな感じなんだ?言ってみろ」


グリーンのにやにやした声をかき消したのは、座っていても集団のだれより背が高いとわかるようなひょろっとした男の子だった。学年2位を誇る久世くんは、先生に期待満々にうながされて恨めしそうにグリーンを見やる。つぶやかれたことばは聞き取れなくて、けれどそれを受けたグリーンはいたずらっ子みたいに笑った。

久世くんがちょっと眉を下げ、かすかに頬を染めながら口をひらく。クラスメイト全員の視線が彼らにあつまるなか、まばたいたグリーンの視線が私を射ぬく。

一瞬ではなかった。けれど永遠でもなかった。教室の前後、たった机3つぶんの差だというのに……とてもじゃないけど耐えきれなくて、ただ見られないためだけに目をそらしてしまった。


「うわ〜さすが久世、レベルが違う。なまえもそう思わない?」
「あ…うん、そうだね」
「反応うすくない…?」


ペン回しをぴたりと停止したゆっきーが訝しげに覗きこんでくるのへ、私はそんなことないよと苦笑いをした。

結局、久世くんの考えだしたものが圧倒的票をあつめ、すんなり体育祭クラススローガンが決まった。司会進行をしていたふたりが自席へもどるのに入れ替わって米田先生は教壇にあがり、となりにいたゆっきーは帰ってきたクラス委員の男の子…つまりその席の持ち主のためにあわてて立ち上がる。

一言二言、簡単に彼とことばを交わしたゆっきーは、もの言いたげな視線を一度だけこちらに寄越して自分の席にもどっていった。


「よし、スローガンも決まったことだしさっさとお開きにするか」


米田先生は何やらひどくうれしそうに私たちに笑いかけた。なにか特別にいいことがあったのかもしれない。

先生のことばにわっと盛り上がる教室はさながらどこかの宴会会場で、私も笑ってしまった。


「なまえー!部活行こ、部活!」
「うん、行こー。ちょっと待ってて」


解散されるや否や、すっかり帰り支度を終えたゆっきーが机に飛びついてくる。私なんかまだテキストをバッグに入れてないし、教室後方のロッカーに水着を取りに行かないといけないのに…ゆっきー、早い。

はやく早くと急かされて、いちばん下で取りだしづらいロッカーから部活道具を取ってわかってるよと半分笑いながらふり返る。

楽しそうなゆっきーの向こうで、教室から出るグリーンが最後の一瞥をこちらに送ってきたのに気づかないふりをした。
111224
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