novel | ナノ

どくどくと心音がいつもより早く脈打つのを自覚していた。

すこし煙たく砂埃をまとった風があけはなした窓からさらさらとみんなの髪をなでていき、教壇に立ったカトセンはちょっとまぶしそうに太陽を見やる。


「…みんなも今日から3年生、か…」
「先生、なんで俺らじゃなくて先生が感慨深げなんだよ」
「第一はじまったばっかだし」


ごうっと突風が吹いて、グラウンドに咲く淡い花びらも砂もいっしょくたに巻き上げる。間髪いれずに男子ふたりにつっこまれて照れくさそうに笑ったカトセンを見ているのに、私の意識はもっとべつの方へ向いてしまって帰ってこない。

笑い声がはじける、みんなが互いに馴染みのあるクラスの中央の席になってしまったことが恨めしかった。


「先生、いまからそんなんで大丈夫なんすか?」


明るく朗らかな声が後ろからとんできて、私はおもわず身体をこわばらせた。クラスがわっと同意して沸きたち、どこからか拍手までわき起こるこの異常なまでの盛り上がりようにびっくりしてしまう。ついさっきまでしみじみとしていたカトセンはあっという間に笑顔になって、私の後方にむけてことばを放った。


「瀬川、おまえ相変わらずだな」
「どーも。相変わらず物理は苦手っすよ」
「余計なことは言わんでよろしい」


またわっとクラスが沸く、そのなかに混じった耳慣れた声にこころが震えた。


「おまえ、自滅してんじゃん」
「うるっせーな、わざとだよ」


図星をつかれてすねたような瀬川くんの声をとらえて、グリーンは快活に笑う。私はおもわず机のうえにあった両手をぎゅっと握りしめた。


「はいはい、落ち着けー。さっきも言ったとおり俺は米田先生の代理だからな、あんまりうるさくして隣のクラスに怒られても困るんだ。さっさとホームルーム始めるぞー」


カトセンのどことなく間延びした合図で、くだけていた空気はミントのあめ玉が落とされたように冷えていく。オン・オフの切り替えの速さをこれほどはっきり感じたことのなかった私は特進クラスでは異質な存在なんだと、はっきり呈示されたような気さえした。

連絡事項、プリント配布。配られたあたらしい時間割にざわめく様子は、特進だってそうじゃなくたってまるで同じに見えるのに。


「なまえー!!時間割どうだった?」
「わ、びっくりした…ゆっきー、朝からテンション高くない?」
「そりゃあね、同じクラスになまえがいるんだもんテンションもあがるよ」


にこにこと悪意なく笑ったゆっきーは、そのまま私の手もとに視線を落とした。学年、クラス、出席番号と名前の印字されたちいさな紙を自分のものと見くらべる。


「あっ、なまえと英語いっしょだ!」
「ほんと?」
「うん!あとはねー…あっ、ほら。国語もいっしょだよ」
「え、ゆっきー理系なのに国語とるの?」
「私の第一志望、国語の試験もあるんだ」


まさに寝耳に水だった。理系の学部でも、国語を試験科目におく学校があるなんて。

カトセンは時間割を配り終えるといつのまにかホームルームをおひらきにしていた。時計は最高学年最初の授業開始まで、あと10分を示している。


「ゆっきー、次の授業は?」
「数学だよー。月曜日の初っぱなから数学!眠いよねぇ」


からりと晴れた太陽光をきらりとはね返しながら、あわい桜色がグラウンドを舞っている。私の時間割はゆっきーとはまた別の、同じ科目が印字されている。

理系数学の教室に向かうゆっきーを手をふって見送ってから、私も教室を出た。グリーンは瀬川くんたちと教室を出たみたいで、特進クラスはとっくにだれもいなくなっている。


「なまえ、がんばってね!」
「がんばれ」


なっちゃんとるりちゃんが手をふってくれる教室は懐かしいほどにぎやかで、返したありがとうはかき消されてしまって届かない。
111204
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