「さむい」 「おまえ、さっきからそれしか言わねーな」 「だって寒いんだから仕方ないじゃん!」 「俺だって寒いっつの」 コートのポケットに入れていた手をわざわざ取り出したポッドくんは、寒い寒いとがたがた言う私のおでこにびしっと、ちいさな制裁を加えてきた。ネイビーの長いマフラーをぐるぐる巻きにしたポッドくんは長袖長ズボンで、ベロアのプリーツスカートにカラータイツの私からしたらぜんぜんあったかそうなのに。 ジムでは今ごろ、流れるように優雅なジムバトルが繰り広げられているんだろう。サンヨウジムリーダーである3人の間には約束ごとがあって、だれかひとりがバトルをしている間は他のだれかが受けつけ係として立ち、残りのひとりには休憩が与えられるらしい。くわしいことをポッドくんは教えてくれなかったけれど、言い換えればつまり、今日ポッドくんにはすこし時間があるということ。私にとって重要なのはそこだから、言ってしまえばあとはどうでもよかった。 私の額にわずかなしびれを残していく指先は、この時間だけはみんなの笑顔のために生クリームを絞るのではなく、私だけのために冷えてくれているんだ。凍えきったレンガ通りのうえにいても、それだけで寒さがやわらぐ気がしてる…なんて、ポッドくんにはぜったいに言えないけれど。 「痛いよ」 「あーはいはい、悪かったよ」 「ぜんぜん悪いなんて思ってないよね」 「もとはといえば、言ったって仕方ねぇことをぐだぐだ言うおまえが悪いだろ」 「だけど口にだせば、そのぶん寒さがやわらぐ気がしない?」 「……しない」 いつものウエイターの格好にダッフルコートを羽織ったポッドくんがくちびるを尖らせるから、なんだかいつもより幼く見えておもわず笑ってしまった。 子ども扱いされるのが何よりも嫌いなポッドくんに感づかれてしまったみたいで、ぎろりとにらまれる。 「なに笑ってるんだよ」 悪ぶってみせるポッドくんも、なんでもないなんて言いながら笑いが止められない私も大概にているのかもしれない。 「それじゃあ、これからは暑いって言うことにするね」 「はあ?ほんっとおまえ、意味わかんねぇ」 「そうすればあったかくなりそうかなって」 私だって、発想が子どもの自覚はあるんだ。もしこれでポッドくんがおとななら、おかしそうに笑って同意してくれるんだろうけど。 「…ん」 「え?私、何も持ってないよ?」 話の脈絡に関係なくおもむろにずいっと差し出された手にとまどったら、ポッドくんはそのままぐんっと近づいてきて私の手を引いた。 例えるなら疾風みたいな強引さで招かれたポケットのなかは温かくて、冷えきった指先が燃えるようだった。 「…ポッドくん」 「この方が確実にあったかいだろ」 歩みを進めながら絡められる指と指。一度もふり返らないポッドくんの後ろにおとなしく従いながら、そうだねと私は堪えきれない笑みをくちびるに浮かべた。 111126~120416
きみの融点/青 |