Christmas for prep students ※学パロです ノリも人気もあるけどちょっぴり強引なところのあるクラスメイトが息抜きに行こうと言いだしたのは、つい昨日のことだった。 恋人たちの聖夜をさびしく参考書と過ごす予定の諸君!みんなで息抜きにイルミネーションを見に行かないか!と。 私たちをめいっぱい応援してくれている担任の先生は、帰りの学活で叫ばれたそのキャッチコピーにわきたつ私たちをあきれたようなやさしいひとみで見ていた。結果的には、ちょっとだけならいいですよねと尋ねた男の子に先生が行ってこいと笑ってくれたことで、私たちはますます盛り上がったのだった。 しかも、じゃあ参加してくれるやつは6時に学校の最寄りの駅に集合な!と言い渡した男の子は最後にとっておきのエッセンスを付け加えたのだ。 彼氏彼女のいる子は参加禁止! なかなかすごいなぁと思いながら、私はクラスメイトみんなといっしょに笑った。 かちりと機械仕掛けの音が響き、私は過去問から顔を上げた。教室の壁にかけられたおおきな時計はちょうど120分たったことを私に知らせてくれて、ひとつため息をついた私はシャープペンシルのかわりに赤ペンを取り出す。丸つけと見直しを終えたら学校を出よう。 赤本の答えのページまでぱらぱらと藁半紙をめくりながらも私のこころは浮き立っていた。とっておきの日に、とっておきのイベントを打ち建ててくれた彼に感謝しなくては。 職員室に寄って今日ださなきゃいけなかったプリントを提出して、昇降口に来た頃にはちょうどいい時間になっていた。ここから駅まで歩いてだいたい15分。うん、ばっちり5分前には着けるはず。 腕時計を確認してから靴箱に向かえば、そこで意外な人物に遭遇した。 「あ、レッドくん…」 ちょうどローファーを取り出したところだったらしいレッドくんは、ばたんとスチール製のちいさなとびらを閉めてから私を見てかるく会釈をしてくれた。 「レッドくんも参加するの?」 言ってから、彼ほどのひとに彼女さんがいないはずがないと気がついてはっとした。ローファーに履き替える途中だったのを停止してみあげれば、私を見ていたレッドくんの赤くてきれいな、不思議なひとみと目が合った。 「いっしょに行く?」 「えっ、いいの?」 「うん」 「でもレッドくん、彼女さんは…」 「いないよ」 ばっさりと私のことばを切ったレッドくんの声色をたとえるなら、「うんざり」だったように思う。それに思わずからだが硬直してしまって、ばんっとレッドくんのものよりも派手な音をたてて私の靴箱が閉まった。びっくりしたらしいレッドくんが目を見ひらいているのを確かめて、私は空笑った。 「私の靴箱、硬くてつよくやらないと閉まらないんだよね。あるでしょ、そういう靴箱って」 「ああ…たしかに」 レッドくんは納得したようにうなずいた。それからちょっとおおきくなっていたひとみを細めてちいさく笑う。それがやけにやさしく見えてどきっとしてしまった。 「レッドくんってどこに住んでるの?」 「ふたつ隣の駅」 「そうなんだ!近いんだね」 「なまえさんは」 「私は電車で1時間くらいかな」 「…遠いんだ」 ぽつりとつぶやいたレッドくんのことばが白く濁って真っ黒な空へのぼっていく。凍りつくような寒さが頬を、くちびるを突き刺すから、私はあいまいに笑ってマフラーに顔をうずめた。 レッドくんは文武両道のオールマイティーで、他学年からも有名なほどのイケメンさんだ。同じクラスなわけだから、今までだって話したことはなくもないけれど…こんなふうにいっしょに帰ったりだとか、少女漫画みたいな展開になるとは思わなかった。私はレッドくんに特別なにか思いを抱いているわけじゃないけれど、それでも格好よくて人気のあるひとと、みじかい間でもいっしょにいられることがうれしくないわけがない。私だって、受験生であるまえに女の子なんだから!…なーんて言ったら友達に笑われてしまいそうだから言わないけれど。 赤本がカバンのなかでがたがたとずれた。 「でも、嫌なことばっかりじゃないよ」 「なんで」 「電車ってバスとちがって酔ったりしないから勉強もできるし、寝ることだってできるんだよ」 「寝るんだ」 「うん。電車で寝るのって意外と気持ちいいよ」 「意外と?」 「そう、意外と」 ふっとレッドくんは笑った。容姿端麗なレッドくんだけど、めったに笑わなくて有名なのに…こんなみじかい間に2回も笑った顔を見てしまったなんて、レッドくんのファンに言ったら何をされるかたまったものじゃない。だけど、笑った顔はとてもやさしくて、私のこころの奥のなにかが動いた気がした。 「そういえば、なまえさんの志望校はどこなの」 「えっ、…あー、いや、あの…笑わない?」 「笑わないよ」 言っているはたから口角の持ち上がっているレッドくんを指さして、私はふくれた。 「すでに笑ってるじゃん、レッドくん」 「だいじょうぶ、聞いたからって笑わないから」 「その言い方、ずるいよ」 ダッフルコートのポケットに両手をつっこんだまま、レッドくんはまたおかしそうに笑った。本日3回目の笑顔はどこか意地悪くて、ついに私のこころがとらわれてしまったような錯覚に陥りそうになった。 駅の改札口にはすでに半分くらいのひとが集まっていた。輪の中央にいた例の男の子が、いっしょに着いた私とレッドくんを見て目をまるくする。そういえば、レッドくんはこの男の子と仲がいいんだったっけ。 「レッド!抜け駆けしてんなよ」 「…抜け駆け?」 「そうだよなまえ。なんでレッドくんと来るわけ?」 「カップル参加は禁止だってば」 「何言ってるの、ちがうに決まってるじゃん!!」 とんでもない誤解を受けて、私はあわててぶんぶんと首をふった。私みたいなちんちくりんと学園のアイドル的存在のレッドくんが釣り合うわけがない。怖い視線をたくさんあびてたじたじになる私のとなりで、レッドくんは意味がわかってないように首をかしげていた。 もしかしたらレッドくんって、天然さんなのかもしれない。 私が必死になって否定することでどうにかこの危機を免れたわけだけれど、さらに何人か人数の増えた団体でぞろぞろとイルミネーション街にむかう道すがら、私の目は勝手にレッドくんを追うようになってしまっていた。 男の子プラス何人かの女の子でひとかたまりになった集団のなかで、レッドくんはあいづちこそ打つもののちらりとも笑っていない。さっきまでのレッドくんとは対照的といっても過言ではないほどの差に、どうにも落ち着かないんだ。 「ねぇ、どこまで歩くの〜?」 「もうすぐだよ。あの先に角が見えるだろ?あれを曲がった瞬間なんだ。こころの準備しとけよー!」 主催者は私とただいっしょにここまで来てくれただけのレッドくん責めたくせに、自分は女の子にかこまれてなんだかうれしそうにしている。 隣にいた友達が「結局じぶんが楽しみたいんじゃん、あいつ」とちいさく毒づくのが聞こえて、どうしようもなくおかしくて笑えた。 言っている本人がああだから大丈夫なのかといぶかしんだのは杞憂に終わり、イルミネーションはほんとうに見事だった。長く長く、ケヤキ通り一帯をつつむ金銀とりどりの電飾はいっせいに輝き、下をくぐればまるで夜空じゅうの星が降り注いでいるみたいにも見える。 一行はいっせいに息を呑んで、しばらくはみんないっしょにそれを眺めていたんだけれども、何しろ主催者がああだから、今ではみんなばらばらになって、好き勝手にこのケヤキ通りを歩いている。「あんまり大勢でも邪魔なだけだし、7時半になったらここにもう一回集合して、メシ食うかどうか決めようぜ」と言って去っていった例の男の子にみんな最初は不満たらたらだった。けれどみんな聖夜の灯りの下で、いつまでも文句を言っているきもちにはならなかったみたい。目的は気分転換だし、それはたぶんいいことだ。 寒さに耐えかねた友達は、何人か連れだって近くのコーヒーショップに入っていった。クリスマス限定の、あったかくて甘い飲み物を飲むってみんな張り切っていた。こんな日にかぎって運悪くお財布をわすれてしまったのが悔しいけれど、私は留守番することにして、きらきらの光の木々をながめていた。 「…なまえさん」 カップルばっかりだったらさすがに気が滅入っていたんだろうけれど、家族連れや女の子ふたり組もそこここで見受けられて安心していたから、とつぜん名前を呼ばれてびっくりして半分とびあがった。 ふり向けば、そんな私の挙動不審ぶりに笑いをこらえているレッドくんが目に入ってなおびっくりする。レッドくんはさっき、例の主催者の男の子の集団に連れられて先に行ったんじゃなかったっけ? 「もー、レッドくんやめてよ。びっくりしたあ」 「跳びあがってたね」 「ちょっ、余計なこと言わなくていいから!」 あわててレッドくんのせりふをかき消そうと両手をふってしまった。何やってるの、となお笑みを深めるレッドくんが、またさっきまでの無表情がうそみたいに表情豊かで混乱してしまう。 そうして、ばかみたいに期待してしまう。 「レッドくん、さっきのひとたちは?」 「先に行った。なまえさんはひとりなの」 「そういうわけじゃないよ。留守番してるだけで」 「留守番…外で?」 レッドくんが怪訝そうに眉をよせる。そのくせくちびるはやっぱり笑みのかたちにゆがめられていて、星をちりばめたみたいにイルミネーションを灯したあかいひとみは完全におもしろがっている。 はじめて見るレッドくんのいろんなものが一緒くたになった表情に、ついに戸惑いが隠せなくなってしまった。 「レッド、くん…?」 「外に留守番はいらないと思うけど」 「えっと…たしかに。それは、そうだけど」 「だったら行こう」 「どこに?」 「この先の広場」 「どうして?」 「いっしょに行きたい」 私に伺いをたてていると言うよりも、レッドくんのなかではすでに、私はオーケーをしたことになっているみたいだった。 「広場に何かあるの?」 「ずっとここにいるつもりなの」 「えっ、そういうわけじゃないよ。だけど、…レッドくんは、なんで私なの?」 ああ、言ってしまったというのが正しかった。ついうっかり口をすべらせてしまったのだ。たしかなことばがほしいなんて、思い上がり以上の何ものでもないのに。レッドくんはたぶん天然で鈍いんだって、さっき気がついたばかりなのに。 レッドくんの顔が見れなくて、私はうつむいた。すこしよごれたローファーは、金色の灯りをにぶく反射している。 答えを聞きたいような、聞きたくないような、足下をすくわれるような気持ちがした。…気持ちではなく実際、足下がふらついた。 「行こう」 ふらついたのは熱く乾いた、おおきくて硬い手のひらが私の手をつかんだかと思うと、ぐっとつよく引っぱられたからだった。あまりに早くておおきな歩幅に、よろけて小走りにあとにつづくしかない。 あまりに強引で、だけどちらりとこちらをふり返ったレッドくんがいままででいちばんきれいな顔で笑うから、もう何もかも…ゆれて背中にぶつかる赤本ですら、どうでもよくなってしまった。お腹のそこから浮かんできた笑みを素直にくちびるに乗せて、私とレッドくんはケヤキ並木の星の下を、ひとを縫って走った。 Happy X'mas 2011
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