novel | ナノ

※番外編、続き



2年生になってみていちばんびっくりしたことと言えばもちろん、あの子がおんなじクラスだったこと以外にない。楽しそうに笑う顔、いつもいっしょにいる水泳部の子たち。きゃいきゃいクラスの中心で騒いでいる派手で目立つ女の子たちとは一線があるし、別にクラスで際だっているところなんてひとつもなかった。…これは、私にも言えることだけれど。

最初のうちはどうしても目で追ってしまうことが多かった。親しげだったあの会話があの日以来、脳裏にこびりついて離れない。グリーンくんが親しげに名前を呼ぶ女の子がいるなんて知らなかった。

けれど、彼女がグリーンくんと特に接していないことが最初の1ヶ月でわかってからは、私もそのことをすっかり忘れていた。今思えばなんて調子のいいあたまなんだろうと、自分のばかみたいな脳みそをたたき直したくなってしまうけれど。

3階の端にある美術室の窓からは体育館がよく見えて、遠目にみても視線が吸いよせられてしまう茶髪が得点を決めるたびに絵筆をにぎりしめてしまったり、シュートを決めた仲間とよろこびあったりする姿をたくさん、たくさん、それこそ毎日と言っていいほど見ていた。グリーンくんの近くにはいつもとり巻きがいたから、むしろ特別な角度から見えるグリーンくんの姿を誇らしく思っていたのも今思えばたぶん、事実。

ずっとこのままでいいって思ってた。


『何すねてんだよ』
『すねてなんかないよ』
『じゃああれだ、嫉妬?』
『なんで私が!』
『ははっ、冗談だって。怒んなよ』


どくりと心臓がいやな跳ね方をした。すっかり忘れていたはずの、けれどこころの奥底では片時だって忘れもしなかった声が、思い出したくない記憶と感情をゆり起こす。

ふたりは変わらず仲むつまじくて楽しそうだった。私が聞いていることすら気づいていないみたい。あの子はグリーンくんの何なんだろう…?グリーンくんが付き合っているなんて聞いたことがなかった。逆にいえば、あれほどの男子がフリーだと言うからみんな目の色を変えて、ファンクラブまで結成して争奪戦をくりひろげているのに。

あの子は、そのことを知っていて笑ってるの…?


『あ、グリーン間違えてるよ』
『え、まじで?』
『だってほら、ここ。漢字ちがうよ』


またさざめきのような笑い声がゆらゆらと廊下をただよう。照れたような、怒ったような、聞いたこともないグリーンくんの声が突き刺さるような気がした。それをくるみ包むような軽やかな笑い声も耳につく。


『初歩的なミスですね、グリーンくん』
『くん付けすんな、気味わるくなるから』
『せっかく親切に言ってあげたのにー』
『はいはい、感謝してるぜ』
『うそばっかり』
『ほんとだって』


どうしようもなく熱い何かがのどもとまでせり上がり、私はきびすを返して学校を後にした。あのふたりはたぶん、どうしてだか知らないけれど会っていることを隠したがっている。だから、人目のなくなるテスト前をねらってこうして会っている。

どうしてかなんて、考えたくもなかった。

告白なんて大それたことするつもりもなかったのに、通学途中に轢かれかけた私をたすけてくれたグリーンくんの手を離したくなかったのは、どこかで重ねてしまっていたからかもしれない。特別めだつわけでもない「私たち」のことを平等にあつかってくれるから。


『…ごめん、オレ実は、付き合ってる子がいるんだ』
『そう…なんだ』
『ああ。…えーと、その……、ありがとな』


オレなんかのこと、すきになってくれて。

はにかんだ笑顔はとても告白され慣れたひとのそれには見えなくて、じわりと暖められた感情があふれそうになるのを私はこらえなければならなかった。軽いねんざだと診断されただけなのに、グリーンくんは最後までつきそってくれた上にちっとも気まずくなんかならなくて、ずるいひとだと思った。

そしてなによりも自分が醜くて哀れで、ゆるせなかった。
111117
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