novel | ナノ

※番外編



グリーンくんがとても人気のあるひとだってこと、私だって知っていた。端正な顔立ち、すらりとしたシルエット、きれいな茶髪。それだけじゃない、とてもやさしくて俗に言ういい男なんだとうわさされているのは、入学当初から知っていた。

1年のはじめの頃は何の接点もなかったし、たまにすれ違ったりするグリーンくんのことは格好いいなぁとは思ったけどその程度。どこにいたってきらきらした光をまとう、他学年からも注目をあつめるようなグリーンくんは私にとってはいわばアイドルみたいなもので、とうてい手の届くようなひとじゃなかったから。

それが変わったのは、あの日…1年生の文化祭前だったからたぶん、2学期のはじめくらい、中間テスト前だったんだと思う。


『このときxはどうなる?』
『……増える?』
『だよな。じゃあ、…このときは?』
『えっ、同じじゃないの?』
『ばーか、簡単に答えを出す前によく考えてみろよ。aが3以上のときのグラフは確かにこうだけど、aが3未満のときは…』


職員室に寄って、今日わからなかった数学を聞きに行った帰りだった。

さすがに受験生はちらほらと見受けられるものの、部活動の休みになった1、2年生はもうすっかり学外に出てしまっていて、さっきまで静けさにあふれていたはずの学年の廊下にさらさら、こつこつとシャープペンシルの先が跡を残す音、つづく男女の会話がかすかにひびく。

立ち聞きのようでいたたまれなくて、急かされるようにホームクラスへ向かいながらも思わず耳をそばだててしまったのは、その説明がさっきまで聞いていた数学のわからない箇所だったから。黒い水彩絵の具を溶かしたみたいに、闇が支配していく廊下を走る。


『じゃあもう一回聞くぞ。3未満のときここは?』
『…マイナス』
『そ。で、そのときxはどうなる?』
『えー…っと。減少する』
『よし、ようやくわかったみたいだな』


にしてもお前、ものわかりの悪いやつだよなと数学嫌いな私にとっても若干キツめのことばが放たれたのは、言われている子にいたく共感しながらホームクラス前にならぶ最後の教室の前を通ったとき、だった。


『もー、貶すならほっといてよグリーン』
『オレが放っておいたらなまえ、数学落とすだろ』
『……』


とっさに言い返せなかったらしい女の子に、グリーンくんが……あのグリーンくんがほらなと笑いだす。私はホームクラスの前で足を止めた。楽しげな会話は私のクラスよりも先の教室から流れてくる。

ばくばくと脈打つ鼓動がなぜなのかわからなかった。きっと走ったせいだ。

とりあえず自分の教室でスクールバッグを持ち、私はすぐ近くの階段へ向かう。いちばんはじの教室の正面だから、私は必然的にひとつひとつのクラスをのぞいていくことになる。

はじめに目があったのはグリーンくんの方だった。…目があうとは言ってもちらりと視線があったか合わないかのうちに逸らされてしまって、グリーンくんのひとみは真っ直ぐ、正面に座るただひとりの女の子へ戻っていく。

はたしてその子は私の知らない子だった。可愛くて有名なりっちゃんでもあたまが良くて器量よしなみっちーでもなければ、どの組なのかも知らないし顔さえ見覚えがない。グリーンくんに対峙する女の子は、強いて言うなら絵画のなか、ぼんやりと着色された背景に住むひとみたいにありふれた子に見えた。

信じていなかったのに…、あの日から私の絵筆には雑念が入るようになってしまったことをきっと、楽しそうに笑うあのふたりは知らないんだろうな。
青/111105
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