novel | ナノ

木陰の立ち姿を見つけて駆け寄るまもなく、気配を感じたのかユウキはふり返った。となりにパートナーのヌマクローを連れていて、なるほど急な雨に濡れていない理由がよくわかる。

ためらいもせずに飛びこんだおおきな木の下は冷たいしずくひとつ通さず雨宿りには快適で、私がそうするのを待っていてくれたかのように強くなった雨足に、私たちは降りこめられた。

びっくりした様子を全面ににじませた声で、ユウキは肩で息をする私を呼ぶ。


「何してんだよ、こんなとこで」
「ちょっと、ね」
「ちょっとって……笑いごとじゃないだろ」


びしょびしょになりながら荒い呼吸をしている自分が滑稽にみえて浮かんだくちびるの笑みを、ユウキに今度は怒ったようにたしなめられた。それさえもおかしくて深まる笑みに、とうとうユウキの眉間にはしわがよる。

だけど、ユウキはしらないんだ。どうして私がこんなにずぶ濡れなのに笑えるのかってこと。


「とにかく早く乾かさないと風邪引く……、おい、いつまで笑ってるんだよ」
「ん…、そうだね。ごめん」


一旦くちを閉じたものの、こころの奥からわきあがる気持ちには抑えがきかない。ふう、と最後の一息をついてしゃがみこんだ。腕を抱えながら見やれば、さらさらと落ちる雨は細く白いカーテンのように私たちを取り囲んでいる。

となりでユウキが背中のリュックを下ろしてタオルを探してくれていることが、ユウキに会えたことがこんなにうれしい。そして、あんなに会いたくても会えなかったあの日じゃなく、よりにもよって今日こんなかたちで叶うなんて、あまりに可笑くて笑っちゃう。こんなことくちが裂けても言えないけれど。

とりあえずこれ、とスポーツタオルをひっぱりだしたユウキはまた私の表情を見て顔をしかめた。


「さっきからびしょびしょのくせになにが可笑しいんだよ。理解できないんだけど」
「……私のこと変人だと思ってるでしょ」
「むしろ変人にしか見えないだろ」


あっさり変人あつかいしたくせに、ユウキは緑色のやわらかくて乾いたそれを私のあたまにばさりとかぶせてくれる。びっくりして見上げたら、雨雲をにらみつける横顔の向こうからヌマクローがにっこり笑いかけてくれた。

つめたい雨は止むようすを見せてくれるどころかますます強くなり、重たく鈍色の鉛みたいな沈黙が降りる。

抱えた膝と心臓にはさまれたかばんのなかのちいさな紙箱が、どきどきとふるえているみたいだった。


「…ユウキは、なんで濡れなかったの?」


灰色の空に耐えきれなくてたずねたわかり切った問いは自分でもバカみたいで、ユウキがゆっくりと顔をこちらに向けるのを、視界のすみに感じる。


「ヌマクローが教えてくれたんだ。雨が降るって」
「そう…、なんだ」


沈黙を破ったバカみたいな質問が、たったそれだけで濡れた地面にとけ消えていくから、もうどうしようもなかった。

私はかばんを開けて、心臓のかたまりのように横たわるその紙箱をそっとひっぱりだした。どうにかなってしまったみたいに悩みそがぼうっとしている。


「ユウキ」
「ん?」
「あの…、あのね」


あの最後の秋の日、これを買ったのは偶然だった。だけどあの日じゃなく今日会えたことがなによりもたしかに感じられて。

格好つけずに言ってしまえばたった一言なんだけど、臆病な私にはすこし難しかった。


「今日はなんの日でしょう?」


ユウキが貸してくれたタオルをかぶったまま精一杯おどけて箱を軽くふって見せたら、ユウキのちょっと呆れたみたいな、驚いたような読めないひとみが降ってくる。それでもすこしだけ、けれどたしかに色づく頬はあるいは、私の鏡映みたいなものなのかもしれない。


「ポッキーゲームしようよ、すこし遅れたハロウィンの代わりに」


Happy Halloween
& Pockey Day2011!!
111112
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