novel | ナノ

ここ最近でずいぶん熱の増した西日が容赦なく窓をつらぬき、まっすぐに続く静かな廊下を異世界の色に仕立てあげている。

窓を覆うように掲げられた模造紙ももちろん例外なくその熱を受け、黒々と窓枠の影を身に焼きつけていた。

部活に行く前に職員室に寄ることは日課になっていたものの、今回は質問が多すぎたみたい…長くなってきたはずの日がすっかり暮れかかってる。早く行かないと終わっちゃうかもしれない。あーもう、もうすぐシーズンがはじまるっていうときにどうして私の苦手な関数がまた出てくるのかなぁ…なんか理不尽。

小走りにホームクラスへ急いで、誰もいない教室で部活の支度をしてまた飛びだした…んだけど、来た道をたどる途中で思わず足を止めてしまった。

学年末学力考査 順位一覧、と太文字で印されたおおきな模造紙。その王様は50人の…あるいは学年中の頂上でまぶしく光っていて、いつかのように、またもや文字列だけで私の視線を吸いよせる。

条件反射で細まるひとみを意識しながら、心臓が泣いている気がした。


「なまえ!」
「わ…っ、びっくりした…!」
「は、なんだよその反応…びびりすぎだろ」


とつぜん現れたくせにひとりで爆笑をはじめるグリーンを、火傷したこころを無視してにらんでみせた。それなのに、満面の笑みをうかべたままふと向けられたひとみが限りなくやさしいことに気がついてどうしようもなくひるんでしまう。

私が怖じ気づいたことに気づかなかったらしいグリーンは、それにしても、と私のとなりへやってきて50人の黄金の国を見つめながら改めて口をひらいた。


「お前がんばってるとは思ってたけど、正直予想外だったぜ」
「私だって未だに信じられないよ」
「ああ…そっか、そうだよな。そういや最後まで自信なさそうだったもんな、微分」


うんうんと納得したように腕を組むグリーンが思い出しているのはたぶん学年末試験の1週間前、弱い夕日の差す教室で広げられたプリントとか、かな…。何問解いても不安だって言ったら、次の日の放課後には1cmくらいのプリントの束を印刷してきたんだっけ。

ひるんだらバカにしたような視線を寄越してきたからヤケになってやり込んだ。結果が結果だから、効果はばつぐんだったってことなんだけど…。

もしかしたらグリーンはいつも、あんな風に勉強しているのかもしれない。数学にくわしくない私にはわからなかったけれど、あのプリントはもしかしたらとても良質な問題ばかり厳選されていたのかもしれない。

知る術はないけれど。


「…グリーン、今日バスケ部ないの?」
「ああ、顧問が出張だから自主練になっちまってさ」
「えっ!?うそ」


なんの気なしに口をついて出た疑問だったのに、さらりと返ってきたことばに私の好奇心はひどく刺激された。ならんで見つめていた模造紙から反射的にとなりへ視線をスライドさせれば、私の反応にびっくりしたらしいグリーンもこちらをふり向いた。

あいにく僅かにちからを増した残光がまぶしくて表情までは読みとれず、けれど声色と表情がきちんと呼応するグリーンをしっている私には、認知段階でそれを補完することができる。


「バスケ部って顧問がいないと自主練になっちゃうの?」
「そうだけど…なんだよ、やけにつっかかるな。ふつうだろ?」
「水泳部は今までに自主練なったことなんてないよ。いつもばっちり課題を出されてた」
「へえ…カトセンもがんばってるのか。すげーな」


つぶやいたグリーンはたぶん、あの不敵な笑みで笑ったんだろうな。

私たちはもう一度、結果一覧に目をもどす。沈みかけたオレンジはすでに勢いを失いつつあった。


「でもバスケ部の連中は、自主練すっげぇ大事にしてんだぜ」
「どういう意味?」
「珍しい休みみたいなもんだから。やるやつはちゃんとメニュー考えてやってるし、日々の疲れとるために帰って休むやつもいるけど、それだってちゃんとした休みの過ごし方だからな」
「…グリーンみたいに?」
「あのな、オレは別に、休んでるわけじゃねぇんだけど」


ちょっとむっとしたようなグリーンの声。実際そうなんだろうけど、打てば鳴るように返ってくるいつもの軽口の押収がたまらなく楽しくて、こころを沸きたたせる。買ってきたばかりのだいすきなリーフティのジャンピングみたいに。

くすくす笑う私と、それにあきれたようなグリーンだけのいる廊下に、いーち、にー、さーん、しーと間延びした和太鼓のようなとどろきが薄墨につつまれた空を背景に届く。


「あっ、やば、はやく部活行かなきゃ」
「お前…、それじゃオレのこと言えねーだろ」
「ちがっ、サボってたんじゃないよ!」


あわててかぶりを振ったら、わかってるって、といつかと同じようにグリーンはおかしそうに笑った。一瞬で逆転されてしまった立場を考えるより先に、またしてもうっすらと細められたひとみにとらわれる。

もう隠しようが、なかった。ぱちんと青白い蛍光灯が灯る。


「なまえ」
「なに?」
「来年から、よろしくな」


部活へと走りだす私を角で呼び止めたグリーンがふる手にふり返しながら、さっきからうるさいこころの底で、ぐらぐらとゆれるものに見ないふりをする。
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