novel | ナノ

※番外編



名前を呼ばれた気がしてふり返ったら、まるで最初からそこにいたみたいに、風みたいに無表情なレッドさんがいるものだから度肝を抜かれてしまった。太陽は早々に眠ろうとしていて、薄まった煙幕をばらまいたようににじむ空気に逆らうように照らされた、各々の家のランタンが目に鮮やかに映る。

レッドはめったにシロガネ山を離れないし、出ようともしないんだぜ、というのはつい最近、グリーンさんが電話口でこぼしたことばだった。物資を届けに行くついでにマサラタウン…レッドさんとグリーンさんの故郷に帰ってくるよう説得し、断られたらしい。

グリーンさんがたまにこうして、レッドさんの愚痴を私にこぼすためだけに電話してくるのはたぶん、私がグリーンさんと同じようにレッドさんをすきだからのような気がする。根拠はないけれど、レッドさんがポケモンたちの動向にするどい分だけ同じように、グリーンさんもひとのこころの機微を感じとるのが上手みたいだから、きっと私のこの気持ちにも気づかれている。


「レッドさん…!?」
「うん」
「どうしてここに…」


街中がハロウィン色でいっぱいのヤマブキシティで、人並みのむこうにいるレッドさんに私はなかば必死で駆けよる。仮装した大集団がわいわいと往来していくのをかいくぐって行けば、最終的に人混みから飛びだすかたちになった私をレッドさんが手を貸して支えてくれた。

見なれたはずなのに平静ではいられない、どきりとするくらい優しげな笑みを浮かべるくちびるを意識しないように努力しながら、私はレッドさんに尋ねた。


「買いたいものがあったから」
「買いもの…ですか。でも、それならヤマブキよりタマムシデパートの方が」
「うん。タマムシシティに行ってきた」


やさしく私を見下ろしてくれるレッドさんを疑問符だらけのひとみで見つめる。手近のお家の前に灯るランタンの視線をあびて、私のことばを遮ったレッドさんのきれいな横顔がひときわ大人っぽく感じられた。

ふと、腕をまわされたままのことに気がついてかっと身体が熱くなる。飛びだした反動で転びかかった私を支えてくれたということはレッドさんの腕のなかに飛びこんでしまったようなものだったのに、どうして気づかなかったんだろう。気づいてしまえばたえられないほど恥ずかしい。

レッドさんの腕が、背中にゆるくまわっている…なんて。

はっとして身じろぎをしたら、それをどうとったのかレッドさんは背中にまわした腕をそこで組んでしまった。簡単にそれとなく抜けだそうとしていた私は、レッドさんの意図するものがわからなくて硬直してしまう。


「グリーンから、いろいろ聞いた」
「グリーンさん…ですか…?」


そういえば、今日ヤマブキシティでハロウィンパーティがあるというはなしを、電波に乗せてしたことがあるような…。日中はあたたかくても陽が落ちると肌寒さを感じるこの頃だったはずなのに、触れあう肌の温もりだとか、かすかに届くレッドさんの呼吸にあたまがぼうっとしてしまう。

ヤマブキシティの往来はますます増える。けれど暗くなってしまったせいか、忙しなく歩いていく人々がこちらに注視するようすはなくて…、平然と、これを当たり前のように私を見下ろすレッドさんに強く拒絶ができない私は、ずるいのかもしれない。

帽子の下、太陽の下でさえ暗く見える赤いひとみが闇のなか、明かりを点じて幻惑的に私を映す。


「…グリーンと、電話してたんだ?」
「あ、それは…」
「最近、オレには電話してくれなかったのに」
「あのっ、…それは違うんです!」


思わず声をおおきくしてしまって、びっくりしたのかレッドさんの手がするりとはなれる。すでにバックグラウンドと化していたひとの目も向けられているのを感じ、一度に沸点の上がった体温がまた急激ないきおいで冷えていく。

すこしだけ目を見ひらいている赤いひとみに気づけることがうれしくて、けれど耳から心臓へと植えつけられた疑いがずきずきと私を刺激する。はなれた腕のぶんだけ距離を置いたものの、しんしんと冷えこむ指先を思わず握りしめた。


「あの…すみません。そうじゃなくて。グリーンさんが私に教えてくれるのは、全部レッドさんのことだったんです」
「…オレのこと?」
「そうです。レッドさんにご飯を届けに行ったけど元気にしてたとか、勝負をしたとか、…ピカチュウのこととか」


言ってから、私はようやく気がついた。いつもレッドさんといっしょにいたピカチュウが見当たらない。ほかにグリーンさんと何をはなしていたんだっけとあたまの片隅を探っていたのに、思考回路が一気にそれていってしまう。

ピカチュウはどうしたんですかと私が口にだす前に、レッドさんは私のことばを遮るようにことばを押しだした。出会ってから今までレッドさんがそんな風に口をひらいたことなんてなかったから、びっくりしたことばは声になる前に、のどあめみたいにとけ消えてしまう。


「今日はいたずらしてもいい日って聞いたんだけど。…本当?」
「えっ…、レッドさん知ってたんですか?」


グリーンさん情報ばっかりですこし悔しくはなるけれど、レッドさんは日付感覚がないと聞いていたからまたしてもびっくりした。もしかして、前に旅でまわっていたときにハロウィンの行事に参加したことがあるのかな。

とつぜん、バックグラウンドと化していたランプの明かりも仮装したこどもたちの集団も、色鮮やかに意識に戻ってくる。そうだ、今日はハロウィンだった。ぜったいに見ることはないと思っていたひとを見つけてしまったおどろきとうれしさで、すっかり消し飛んでいたけれど。


「じゃあ、もしよかったら一緒にまわりませんか?」
「…まわる?」
「はい。参加申請はしてないですけど、飛び入り参加も受けつけているはずなんです」


あっちに受けつけがあるので…、ハロウィンパーティ一色になったあたまで説明しながらふり仰いだレッドさんの顔が今までにないくらい近くにあることに、その瞬間まで気づけなかった。いつかの光景が脳裏にフラッシュバックする。

…え、ええ、どうして…!?

ちゅ、とちいさなリップ音とともにひたいに触れたくちびるが弧を描くのを、私は真っ白になりながら見あげていた。


「じゃあ、これもいたずらに入るよね」
Happy Halloween 2011!
111104
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