novel | ナノ

※番外編



偶然なのか皮肉なのか、こういう日にかぎって帰り道、グリーンと鉢合わせしてしまった。紙袋いっぱいのお菓子は機械的な包装紙につつまれたものから、いかにも可愛らしくラッピングされた手づくりのものまで様々、どれもあまい魅力を放ってこちらを誘惑してくる。

とっぷりと日の暮れた一本道で、すげーなとグリーンは笑った。


「これは、ほら。今日ハロウィンじゃん」
「ハロウィンくらい知ってるっての。おまえ馬鹿にしてんのか?」
「まさか、滅相もない」
「おい顔笑ってんぞ」


むっとした様子のグリーンは自転車を引いていない。なんでも、遅刻しかけたとかで電車で来たらしく、今日はまた電車で帰るらしい。私の家は自転車で来れる距離ではないけれど、たぶんバスが遅れたとしても電車を使うよりかは格段に早い、というのも家から最寄り駅までが離れすぎているんだ。グリーンの家は、駅から近いのかもしれない。


「グリーンのまわりはハロウィンやらなかったの?」
「あーいや、女子はやってたぜ。うるさいのなんのって…ほんと、女はこういうのすきだよなー」


ちろりとグリーンは私の紙袋に視線を送る。あわてて隠すように反対の手に移しかえたら、なにも取らねーよと笑われた。ひっそりと冷たいひかりを放つ街頭の下を通りぬけ、余韻でくちびるの角をあげたままのグリーンの顔がはっきりと見えてはまた見えづらくなる。

大通りに出るまでの静かな道には、私とグリーン、ふたりぶんのローファーがざりざりと音をひびかせる。


「男子もやればいいじゃん」
「はあ?いや…ないだろ」
「なんで?楽しいし、もともとハロウィンって子どものお祭りじゃん」
「おま、それって…自分たちがガキだって認めてるのかよ」
「だって高校生ってまだ子どもでしょ?」


グリーンが何を言っているのかわからなくて尋ねたら、しばらく返事が返ってこなかった。どうやら絶句しているらしい。

あ、いま失礼なこと考えたでしょと詰め寄ったら、よくわかったなとにやにやを浮かべた声で返されたから仕返しに困らせてやるつもりで、私はおもむろに手を差しだした。


「Trick or treat!」
「…は?」
「だから、お菓子。今夜はハロウィンだよ、グリーンくん」
「おまえ…めげねーんだな…」
「うーん、たぶんそれが私の取り柄だからじゃない?」
「なんだそれ」


たぶんこれくらいのことでめげてたら、とっくにグリーンのことあきらめてた。それができなかったから、私はずいぶんつよくなったんじゃないかな…なんて、おかしそうに笑ってる本人には絶対に言えないけれど。


「つーかおまえにグリーンくんって呼ばれんの、なんか懐かしいな」
「そう?…って、お菓子持ってないからって話ごまかそうとしないでよ。言っとくけど、だまされないからね!」
「ははっ、ばれたか」
「ばればれだから!ほんとむかつく」
「おまえだって欲張りだろ」


すっかり油断していた私の手から、グリーンは紙袋ごとすべてひょいっと奪い取る。そしてそれを私の手の届かないように反対側で持つと、急に歩みの速度を上げた。


「ちょっ…グリーン、返してよ!」
「大丈夫だいじょうぶ、食わねーって」
「そういう問題じゃないよ…!」


走って追いかけるも、部活でタイムを測った後のつかれた足どりは重く鈍い。それを知ってか知らずか…ううん、さっき言ったから知っているはずなのに、グリーンはさっさと私のバス停まで走っていって、屋根の下であまいものいっぱいの紙袋片手に、得意げに笑った。

ひゅうっとつめたい風が吹いて、ボタンをとめてないグリーンのブレザーをひるがえす。


「はは、遅ぇな!」
「仕方ないじゃん…つかれてるんだから」
「はいはい、お疲れさん」


軽くあしらわれた気がしてすこしむくれながら差しだされた紙袋を受けとったら、もういちど差しだすように求められた手のひら。

よくわからないまま素直に従うと、そこにぽとんと落とされたのは、


「…飴?」
「疲れたときには糖分とって早く寝るのがいちばんだぜ」


じゃーな、風邪引くなよと投げかけられた声に思わず泣きそうになって握りしめたそれはどうしてか温かくて、あるいは指先が冷え切ってしまっているのかもしれなかった。


「…グリーン」
「ん、どした?」
「これ、あげる。…言っておくけどもらったものじゃないから、ひどいことはしてないよ」


私も大概可愛くない。本当は機会があったらグリーンにも渡したかったんだ、会えないと思ってたからあきらめてただけで。会えてうれしかったのも、もらったたったひとつの飴がこころに暖かな火を灯したのも嘘じゃない。

グリーンを直視できなくて、私のものよりも一回りも二回りもおおきなローファーを見つめる。差しだした手がふるえているのは見なくてもわかった。


「…さんきゅ」
「…うん」


すうっと指のあいだから透明なラッピングの感触が消えていくのを、まるでスロー再生しているみたいにつぶさに感じた。
Happy Halloween 2011!
111112
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