novel | ナノ

今日という日がトクベツなのが周知の事実としても、私にとってそれは単なる不確定な事実でしかなかった。日々移動する私たちにとって次にいつ会えるかなんて運に任せるか、事前にきちんと約束をするかの二択しかないから、片方が消えてしまえば強制的にもう片方に頼ることになるのはわかりきっていた。わかりきった上で消去法を選んでしまった理由は簡単。

ずばり、私はシルバーくんの連絡先なんて知らなかったんだ。

今までだってまだ数えられるほどしか会ったことがない。運っていうものは思ったよりずっと確率の低いものみたいで…そういえばウツギ博士には、シルバーくんだけじゃなく、私まで動いているから確率が複雑化するんだって言われたっけ。


「あ、久しぶり」
「ヒビキ、帰ってきてたんだね!ハッピーハロウィン」
「うん、せっかく誘われたしカントーは結構すぐだから。せっかくだしポケモンたちにも仮装させてあげたんだ」


久しぶりに帰ってきたワカバタウンで開かれた催しに参加したのは、もしかしたらシルバーくんに会えるかもしれないという淡い期待ゆえだった。

最初はただの泥棒だったし、本気でポケモンリーグを目指すヒビキに対抗して敵意を燃やし、ついでのようにヒビキの幼なじみの私にまでその敵意をむき出しにしてくるものだから大嫌いだった。それなのに…、この気持ちに気づいたのはたぶん、ヒビキが殿堂入りを果たしてカントーへ飛びだしてからだったような気がする。あいつにもいいとこあるんだよとヒビキも、ウツギ博士も言った。オーダイルに進化したかつてのポケモンはしあわせそうで……パートナーに向ける視線が何よりもやさしくて。

屈強なヒビキのポケモンたちが、背中にちいさなズバット、ポッポ、ストライクの羽をかたどった飾りをつけたり、黒いマントをひきずったりたのしそうにしているのをふたりで眺めて、おなじみのおばさんやおじさん、子どもたちと話をしているうち、いつの間にか日もすっかり暮れかかっていた。


『さぁて、そろそろ本番が近づいてきたな』
『みんな準備はいいかい?』


ウツギ研究所の前に特設されたちいさなステージで、すっかり自分たちもたのしんでいるミイラ男とフランケンに扮したおじさんたちがマイクで問いかける。はーい!と元気よく返事をする子どもたちに、勢いよく町をとびだした、何も知らなかった私とヒビキを思いだして目を細めた。


「あれくらいの頃だったね、私たちが旅に出たの」
「あ…そっか。もうずいぶん経ったんだな」
「……うん」


三、四人に別れて笑いながら駆けていくその姿を見送って、となりにいたヒビキはじゃあオレも母さんに顔見せに行ってこようかなと歩きだす。

いってらっしゃいとヒビキを見送って、ふたたび暗く静かになったステージに視線を戻した私は、その上に立つ待ちわびた姿に一瞬、息を止めた。


「…よう、久しぶり」
「…シルバーくん…」


ファサッと軽やかな音をたてて黒く、長いマントが空を切る。ひらめいた裏地の赤は目に鮮やかで、ステージから地に飛び降りたシルバーくんは私の前にゆっくりと歩をすすめた。薄暗がりのなか見上げた赤い前髪の奥、シルバーくんのひとみは私のひとみに映る星まできれいに反射してくれる。


「ふん、ずいぶん盛り上がってるみたいだな。ちっせー町のくせして大がかりなイベントだ」


ぐるりと周囲を見回したシルバーくんは、それから私に視線を戻し、下から上までじろじろと無遠慮にたどった。出会ったころと変わらず、すこし眉根をよせて斜めに寄越されるそれにたまらなくぎゅっと心臓をわしづかみにされる感覚は、自覚してからというものひどくなるばかり。


「な…に?」
「お前…、それはなんのつもりだ」
「……どういう意味?」
「だから、なんの仮装をしているつもりなのか聞いているんだ。相変わらず鈍いな…今日はハロウィンだろう」


そういうシルバーくんはたぶん、吸血鬼のつもりなんだろうな。背がぐんっと伸びた長髪のシルバーくんにぴったりで、私はさっきからずっと、シルバーくんから目を離せずにいる。

吸血鬼は人外の美しさで捕食対象である人を惹きつけるというけど、本当にそのとおりなのかもしれなかった。


「まあ、別にお前のスカートが短かろうとオレには関係ないが」
「なっ、ちょっ…、シルバーくんどこ見てるの!?」
「だから別に関係ないと言ってるだろう!」


声をあらげたシルバーくんは暗闇のなかでも明らかに赤くて、なんだか私まで真っ赤になってしまいそうになった。

ほら行くぞと促されるままに向かう先はたぶんシルバーくんを招待したウツギ博士の元なんだけれど、見てるこっちが寒いと渡されたマントに残るぬくもりもやさしさも、ジャック・オ・ランタンに照らされた横顔に差す朱もうれしくて素直にあとにつづく。

簡単に約束されたしあわせよりも、複雑化した確率のもとに出会えたのならよりロマンチックなのかもしれないと思ってしまうなんて、ハロウィンの魔法はピンクか赤か…。


「シルバーくん、ハッピーハロウィン。それからトリック・オア・トリート!」
「…ガキだな」


ふり返ったシルバーくんが呆れたように笑う表情はあまくて、すっかり油断していた私は溶けてしまいそうになった。
Happy Halloween 2011!
111028
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