※捏造注意 走馬灯って現象を、生きているうちに体験することができるなんて思ってなかった。 旅に出たころは私はもちろんチェレンやベルだって最後にこんな結末が待っているなんて思いもしなかっただろうし…あのNだって言ったんだ、予想外だったと。ほかに一体、だれが予想しただろう。 サヨナラを口にしたNは笑っていた。それははじめてカラクサタウンでバトルをしてから、遊園地で私のうでをつかんでまで浮かべた暗い笑みとはぜんぜん違う、ある意味安心するおだやかさを秘めた笑顔だった。 だから、気がゆるんでしまったんだ。 「みすみす行かせるなんて…、私ってばかだよね」 つぶやきを拾ってくれたやさしい相棒が哀しげに鳴く。Nなら、なんて言ってるか教えてくれたのかな…。 あの衝撃の日以来、こもりっぱなしの自室にも、余すところなく吹き清める風は清廉な酸素をカーテンをはためかせつつ運んできてくれる。 くぅ、と鼻から抜けるような悲しい声を出す相棒と目をあわせて、私はまたなんど浮かべたか知れない笑みを口もとにちらつかせた。 「…そっくりだ」 とつぜん吹き込んだ突風に、カーテンはバタバタとありえないくらいつよく煽られ窓脇のベッドからまくらが吹き飛んで床に落ちた。 私は反射的にふり返りながらも声を失ってしまった。だって、まさか…そんなこと…! 「久しぶりだねなまえ。変わりないかい?…って聞こうと思ってたんだけど、必要ないみたいだね。ずいぶんやつれてるよ」 それにその笑い方、まるでボクだ。 相変わらずの早口で、私が復活する前にそこまで一息で述べたNは吹っ飛んでしまいそうなカーテンが哀れになったのか、跨がっていたレシラムの背なかから私の部屋へ、いとも簡単なことのように入りこんできた。 その長身をものともしない動作にうっかり見惚れかけ、Nがレシラムをボールにしまってようやくこの夢みたいな状況に脳みそが追いつく。私は意図せずともふるえる声を、のどの奥からおし出した。 「え、ぬ……?」 「うん」 「どうしてここにいるの」 帽子のかげの向こう、淡い若草色の向こうからNが私にそそぐ眼差しは奇異だった。けれどぽろりとこぼれ落ちたものが本音だったが最後、ストッパーが壊されてしまったかのように歯止めがきかなくなってしまった。 どうしてここがわかったの、どうしてあの時、勝手にいなくなったの。今までどうしてたの?……どうして、帰ってきたの……! はっとしたのは、いつかの煌びやかな街のなかと同じように、ぐっと距離を縮めたNが私のうでを取ったからだった。 「……キミが泣いてるってゼクロムが言ったから、帰ってきた」 「ゼクロムが…?」 「もっと正確に言えば……キミのダイケンキがゼクロムに言って、ゼクロムがマメパトに教えた。マメパトがそれをほかのポケモンたちに伝えてくれて、ボクのトモダチ、レシラムがその伝令を受け取った」 Nの早口に同調するように、Nの腰のホルダーにおさまったボールがゆれた。シンクロしたように、私のベッドサイドにあったボールホルダーがゆらゆらと振れる。 結局、みんなお見通しだったんだ……急に脱力感におそわれた私を、Nはまっすぐに見つめてくるからいたたまれなくなった。 私が泣いていた理由に、さっき気をつかってボールに引っ込んだ相棒にも心配をかけてしまった感情に、Nはもうとっくに気づいているらしかった。 何より私自身がNの発することばをだれよりも欲していて…いまさら、知らんぷりなんてできない。 「結局、ボクはすべてキミに移していってしまったんだね。いまならそれがよくわかる」 「…私には、Nが何を言ってるのかわからないよ」 「そうだろうと思う。そこまではボクの想定内だ」 ぶつぶつと意味のわからないことばをつぶやいたNを、ただへんなひとだと思っていた昔の私にはきっと、ぜったいに理解できない感情。 「なまえ。ボクは変わりたいんだ。今までたくさんのことを知らないままここまで来てしまったけれど…」 一旦ことばを切ったNは、その長く繊細なゆびを、ホルダーにつけられたただひとつのボールへと滑らせる。 ポケモンのことばを知る聴覚のない私でも、Nとゼクロム、トモダチの信頼関係は見て取れた。Nが長いこと、知り得ずにきたこと。 「こんなボクでもトモダチになってくれた、ゼクロムのためにも。…もちろん、ボクのためにも。世界が見たいんだ」 「……うん。それってきっと、しあわせだね」 「うん」 気がついたら口角はあがっていて、Nもあの、ひかりに満ちた微笑みを浮かべてくれていた。…これが鏡だったらよかったのに…。 Nはずっとつかんでいた私のうでを離した。そうして、ちからなく抵抗すらしなかった私の背中に不意にそのうでをまわしてきて、私のからだはぬくもりに包まれた。 ふわっと魔法みたいにまばゆいひかりがカーテンをゆらして、ちいさなカノコタウンの一室に流れこむ。 「なまえ」 「ん…?」 「……ありがとう」 111017
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