半分ほどあかりを落とした店内は、今日で最後の飾りをきらきらと名残惜しそうに映していてどこか幻想的でロマンチックだった。 最後のお客さまのお勘定が済んでからまだ10分と経ってないのに、シャッターを下ろしたレストランの飾りを取り換える作業は着々とすすんでいる…もちろん、今日の遅番だった私とポッドさんの手によって。 「なんだか、もったいないですね」 「んー?」 「この飾りです。まだぜんぜん使えるのに」 生返事をしたポッドさんに、外したオレンジ色のミニかぼちゃを示してみせる。手のひらに乗るほどの大きさのそれにはうまいこと三角形をつらねてくりぬいた跡があり、今にもにこにこと陽気に笑いだしそうな表情を描きだしていた。 どうやら疲労困憊だったらしいポッドさんはちいさなジャック・オ・ランタンをひとつまばたきをしながら見つめ、それから急に目が覚めたようにはっと私を見た。 わかりやすいポッドさんの行動に思わず、笑みがこぼれる。私より年上なはずなのに、なんだか可愛らしい…なんて、言ったら怒られそうだけど。 「…わり、もう一回言ってくれるか?」 「ポッドさん、ぼーっとしてましたね」 「いや、なに言ってんだよおまえ…ぼーっとなんかしてねーよ!!」 あわてるポッドさんに、私の笑みはますます深くなり、ポッドさんの機嫌はどんどん悪くなる。 むっと眉根をよせたポッドさんは乗っていた三角の脚立から降りるとつかつか私のところへやってきた。真っ赤な髪が映るひとみに睨まれて…へびにらみって技みたいに動けなくなる。鼓動が高鳴るのは距離のせい…だけじゃないけれど、ポッドさんのせいにはちがいない。 「おまえ、相当ナマイキだな」 こつんと軽やかな音をたてて、ポッドさんは手の甲で私の額に触れた……とたんに、どくんと心臓がちいさくて大きな音をたてる。 とっさに反応が取れなかった私には気づかずに、ポッドさんはその手で流れるように私の手のうえのミニかぼちゃを取り上げた。 「で、…こんなのがすきなのかよ」 「それは…女の子はみんな、ふつう可愛いものがすきだと思いますけど」 「へぇ…」 自分から聞いたくせに、ポッドさんはちょっと眉をしかめてつまんだちいさなオレンジランタンとにらめっこをしている。もともとハロウィン風に薄暗く設定してあった照明をさらに落としているせいか、ポッドさんの眉間に刻まれた陰影は深く、暗く、そしてどことなく男らしく映って。 恥ずかしいことに、片づけもそっちのけで見惚れてしまった私に、とつぜん投げかけられたなぞなぞのようなことば。 「……じゃあ、言ってみればいいんじゃねえ?」 「えっ?」 「おまえが言わないなら、オレが言うけど」 いいんだな、ととつぜんにやにや、さっきとは形勢逆転したような笑みを浮かべられて思わずひるむ。 ポッドさんは鈍感で天然だと、私のきもちをとっくにお見通しだったデントさんは言ってたのに。だけど、もしこれがポッドさんの天然なんだとしたらそれはそれでつらいかもしれない…。 「ほら、たしか"お菓子をくれなきゃいたずらするぞ"…だっけ?」 「え…え!?ポッドさん、ちょっと待ってください」 「問答無用!ほら、言ってみろよ。今日かぎりだからエンリョはいらねーぜ!」 有言実行がウエイターの服を着て歩いているのがきっとポッドさんなんだろうな。とっておきの秘密基地を秘めたちいさな少年みたいに無邪気に笑うから、ついつい言うことを聞かずにはいられない…そんな感じ。 Trick or treat? 恐る恐るひらいたくちびるに次の瞬間触れたのはひんやりしたランタンで、私の鼻先にオレンジを突きつけた張本人の表情に、とっておきがこれだっていう証拠をみつけて私はちょっとびっくりした。 よくできましたと言わんばかりのポッドさんのひとみは、ジムリーダーとして浮かべる勝ち気なものによく似ている。 「…いいんですか?」 「……言っておくけど、店にいたずらされちゃたまんねーからだからな」 反射的に受けとっておきながら聞いてしまったのは単なるエゴだったけれど、自分の脚立にもどりながらあたまを掻く、私よりすこし背の高いシルエットがなんだかやっぱり可愛くて、勝手にくちびるに昇る微笑みをあわててこらえた。 Happy Halloween 2011!
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