novel | ナノ

行事というものは私にとってはひどく残酷で、一般大衆が浮かれれば浮かれるほど、私の気分はゆるゆると反比例で降下していった。

思えば去年のクリスマスも、バレンタインも誕生日だってきちんと当日にお祝いできたためしがない。職業柄しかたのないことだってわかってはいるけど、あたまとこころは別だって理をこんなに毎回実感するはめになるなんて予想してなかった……ううん、ちがう。予想してなかったわけじゃなくて、私は私を買いかぶりすぎていたんだ、きっと。耐えられる、って。

実際、いまの今まで私は耐えていた。よくがんばったって自分でも思うくらい。


「クリスマスとかバレンタインにお店が繁盛するなら私だってわかるのに…」
「まあ、商売っていうのはこんなものなんだよ。なんでも武器にしないと売り上げは伸びないから…」


私をなだめるように笑ったデントの表情には疲労がにじんでいる。もうかれこれ二週間は土日返上で働いてるんだから当たり前といえば当たり前なんだけど。

厨房の奥にあるスタッフルームでわずかな休息をとるデントにミーハーだらけで嫌になるとつぶやいたら、デントはまたあいまいに笑った。

わかってる。ハロウィンだからってたまにはと思ってこんなものを持ってきた私に、ひとのことを言う資格なんてない。私だってじゅうぶん、「嫌な」ミーハーだ。


「ごめんね、いつも悪いなとは思ってるんだ」


僕とポッドでできる限りコーンの負担を減らしてるつもりなんだけど、とデントがまたやつれた顔で微笑む。それでようやく、いつもやさしいからって疲れてるデントを困らせてることに気がついた。

デントもういいよ、困らせてごめんね、ありがとう。こんがり焼けたパイ生地の入った箱をテーブルから取り上げてデントにそう笑いかけたとき、だった。


「何がいいんですか」
「あれ、コーン。遅かったね」


あたまにこんっと軽く乗っかった銀色のまるいトレイと同時に降ってきた声に私はからだを強ばらせた。デントがのんきに私の背後を見上げて今度こそ本気で笑う。

恐る恐るふり返れば、予想どおりと言うべきか、青い前髪のむこう、眉間にたくさんしわを寄せたコーンが私のあたまにお盆をのせたまま立っていた。

思わずごくりとつばを呑むものの、コーンは私のひとみを射ぬいたままなにも言わない。はたからみれば見つめあっている私たちに呆れてか、デントはそそくさと出ていってしまった。最後にがんばってね、なんてウインクされても…むしろ今出ていかないでよデント、コーンがこわいよ!


「……え、と」


沈黙が耐えられなくて先にくちをひらいたのは私だったんだけど、それを見計らったようにことばを発したコーンのきれいな発音が私のためらいだらけの振動にぶつかり、混ざりあってしまった。

どくん、と心音がはねるのが聞こえてしまったのか心配になるくらい、コーンは私の動揺を悟って微笑む。こころの底からの笑みじゃなく、やさしさとはかけ離れた意地悪な笑顔。


「treak or treat?」
「…なんで、わかって…」
「逆にお聞きしたいですよ。コーンに隠せると思っていたんですか?」
「それ、は…思ってないけど…」


首をふる私を見下ろしていたコーンは、ふいに座ったままの私の視線に合わせるようにしてかたわらに片膝をついた。コーンがそんな行動をするなんて思ってなかったから、見なれないアングルに鼓動がまたひとつ、どくりと脈打つ。


「…くれないんですか?」


コーンがそのまま私を見あげてちいさく小首をかしげると、かすかに涼しげな音がしてさらさらの青い髪が流れてきれいな双眸が私を捕らえたのが、青いひとみに映る私のまぬけ面からわかる。

やっぱりコーンは怒ってるのかもしれなかった。私が、わざわざ来たくせにコーンに会いもせずに帰ろうしたこと。うぬぼれかもしれないし、ちがったら恥ずかしすぎるから言わないけれど…私が逆だったら悲しいから。そうであってほしいから、…なんて。

まるで魔法みたい、なんて使い古されたフレーズが脳みそといっしょにぐるぐるまわり、それにそそのかされるようにして、普段ならありえないくらい素直にかぼちゃパイを差しだした。

お店をひらいているくらいだから、コーンの料理の腕は当然、私なんかよりずうっと上をいく。それはコーンが一朝一夕ではなしえないほどの努力を重ねてきたからで、私が簡単に抜くことができないのも、とうてい適わないのもわかっているけれど。


「ありがとう」
「……コーンのばか。ずるいよ」
「たまには、もらってもいいんじゃないかと思って」


白いシンプルな箱を持ってとてもうれしそうに笑うコーンの顔にはもう意地悪さのかけらもなくて、それがいつもなら大人びて見えるはずのコーンを年相応に…むしろ、ちいさな少年のようにさえ見せている。

うぬぼれも、後ろめたさも不安も一瞬でぜんぶ吹き飛ばされるのがくやしいから、椅子から身を乗りだして、隙だらけのその額にくちびるを落としてみた。
Happy Halloween 2011!
111013
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