novel | ナノ

ぞっと、足もとの地面がぬけてなくなってしまったような感覚に襲われた。


「な…にそれ…」
「さあ、私もわからないけど。でも、確実にそういううわさがまわってるらしいんだよ。それも水面下で」


水面下、ってことはたぶん、グリーン本人もしらないんだろう。私はもともとうわさに疎いけれど、グリーンみたいに学年…どころか他学年にもわたっての中心にいるひとは大抵、うわさに強い。それでもなっちゃんがそこを強調したってことは、「そういう」水面下なわけで…つまるところ、中心ではないひとたちのあいだでうわさってことなんだろうけれど。

グリーンがいる場所が光なら、私のいる場所は影。影でしか広まらないうわさっていうのもある。光がとるに足らないようなくだらないうわさか、あるいは…。のどがふさがっているのに、あたまは普段以上にぐるぐると回転していて、いろんな考えが浮かんでは消えた。私の目をじっと見るなっちゃんのひとみが見れなくてうつむいたら、ことばを待ってくれていたらしいなっちゃんが口をひらく。


「なにそれ…ってことは、事実無根なわけ?」
「…うん」
「…そっか。わかった、私は信じるよ」


みじかく、どうってことないように、気にしていないように返したなっちゃんは、そのまま更衣室の中央にすえられたベンチにおいてあったカバンを肩にひっかけて、帰ろっかと私をうながした。

更衣室から昇降口への廊下はもうすっかり暗くなっていた。最終下校時刻をとっくに過ぎてるんだからあたり前だけど…なんだか不安になる。

グリーンと私が付き合っている、だなんてありえないうわさを、どうして流すひとがいるんだろう。そんなことをして何が楽しいんだろう、だれひとり、得なんてしないのに。みんな不幸になるだけなのに。

なっちゃんは、ほんとなの?とも、嘘でしょ、とも、何も言わなかった。ただうわさの内容だけをぽつりと、うす暗い更衣室のしめった床に落とした。重たくてずぶぬれのそれは、べしょりと私のこころに落ちて、重石になったみたいに私の気分をさげていく。

どこで聞いたかも、だれに聞いたのかも、なっちゃんは何も言わなかった。

聞いてもいいのかもしれない。聞いて、そのひとに問いただすべきなのかもしれない。ちがうんだよって、強く否定をすべきなのかもしれない…けれど私ののどはふさがったままで、問いを発することすらできなかった。ばんっといささか乱暴な音をたてて、なっちゃんが靴箱のフタを閉める。


「あー、疲れた…これで明日から修学旅行なんてやってけるかな、私」
「なっちゃん今日、がんばりすぎてたもん。ふつうこういう日は適度にやるものだよ?カトセンだって気つかったのか知らないけど来なかったし」
「だってこれからしばらく水に入れないとおもうと、いてもたってもいられなくて…」


ちょっとすねたようにくちびるを尖らせるなっちゃんに、思わず笑ってしまった。なに笑ってんの、と私をにらむなっちゃんといっしょに扉をくぐって、…思わず、歩みをとめてしまった。それがあまりに突然だったせいで、いきおい余ったなっちゃんが私に後ろからぶつかってくる。


「わ!なまえ、なんで急に……、あれ、バスケ部?」


昇降口にわいわいと、3、4人の集団がいる。

こんな時間に部活であつまっていたら、ふつうは先生に早く帰れと怒られるはず、なのに…どうして。はなれたところで煌々とひかりを放つ街頭の影になっても、つんつんと立っているウニみたいな特徴的なあたまはすぐにわかってしまう。

私の肩越しに外をのぞいたなっちゃんが不思議そうな声をあげて、ようやく私はグリーンから目をそらし、ふり返った。暗くて本当によかった…シルエットだけなのにこんなに心臓があばれるなんて、もし目が合いでもしたらどうしたらいいのかわからなくなる。


「なっちゃんごめん…、はやく帰ろ」
「…そうだね」


何も聞かないなっちゃんが、本当にありがたかった。

つめたい木枯らしが吹きつけて、かわかしたけれどまだうっすら湿っていた髪の毛が凍りつくみたいに冷えていく。さむい、とつぶやいたっきり私たちのあいだにことばはなかった。すっかり葉の落ちた丸裸の木々が、ゆらゆらと手を振るようにゆっくりとゆれている。

進める足が重いのは気のせいか、あるいは寒さのせいに決まってる、…けど。


「じゃあ明日ね」
「遅刻しないようにね、なまえ」
「はあい、わかってますよお母さん!」


徒歩通学のなっちゃんがポケットにつっこんでいた手をひらひら振って笑うから、私も同じようにかじかんだ指先を振って、大口をあけて笑ってみせた。とっくに暮れた日はなっちゃんの後ろ姿さえあっという間に闇のなかへのみこんでしまったけれど、時刻表をたしかめる必要もないくらいタイミングよくやってきたバスにほっとした。

学校からのひとけはなかった。
110915
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