novel | ナノ

心地のいい秋の潮風がやさしく肌をすべり、ホドモエのシンボルであるオブジェは長い影を引いている。

ゆらゆらとおおきなカボチャ色をした陽が海原に吸いこまれ、ちいさな提灯のように細工されたジャック・オー・ランタンを片手にホドモエの跳ね橋を駆けていく男の子が目に入って、私の脳はようやくひらめきを生んだ。


「…そっか、今日って」
「ようやく思いだした?」


跳ね橋の元にあるベンチで、となりに座っていたトウヤはあきれたようにつぶやいて、その負の感情をたっぷりしみこませたため息を落とす。一方の私は大気に冷やされたそれにぐさぐさとダメージを受けつつ、硬い木のベンチにもぞもぞと座りなおした。

久しぶりに会ったと思ったら、トウヤはもうすっかりおとなになっていた。

それは同い年だった私もいっしょなわけだけれど、ひとつ大きくちがうものといったら「旅」という経験じゃないかな。風のうわさではトウヤはチャンピオンになったらしい。はやくにカノコから引っ越した私がトウヤと再会できたのもトウヤが旅をしていたからなわけだけど、まさかチャンピオンになったあともこうして会いに来るとは思わなかったわけで。


「どうりでさっきからいろんな格好した子どもがいるわけだね」
「あいかわらず鈍いよね」
「うるっさいなー、ほっといてよ」


市場で買いものをしてたら突然、風とともにあらわれた昔の幼なじみは意地悪にゆがめたくちびるでくすくすと、私のまぬけさを笑う。本当に、何しに来たんだか。まさかハロウィンだからって浮かれて昔なじみに会いに来たわけじゃあるまいし。

仕方ないから途中で切り上げてここまで来たけれど、そろそろ買いものをすませて夕ご飯の支度をはじめないといけない。私もトウヤも、もうお菓子で生きていける歳でもない。


「…じゃあトウヤ、trick or treat?」
「なに、その自信満々なカオ」


思いだしたのついさっきのくせにとトウヤのくちびるが、今度は不服そうに弓なりにゆがむ。そうでしょう、ふつうの「おとな」ならお菓子なんか持ってない。

さっさと帰ってほしくてとっさに口をついてでたことばは、思いの外トウヤの機嫌を損ねたらしかった。


「持ってないよ」
「……へ?」
「だから、オレお菓子なんか持ってないけど」
「そ、そうだよね。それはそうだろうけど…」
「で、どうするの?」


意味のわからないことを言い出す幼なじみが、不意にとびきりの笑顔をうかべたものだから心臓が跳びはねる。さっきから絶えなかったライモンシティへの人通りが、こんなときに限ってふっつりと止んでいるのに気がついてぞっとした。

いつのまにかこちらへ身を乗りだしていたトウヤに、私もいつのまにか追いやられていたらしい。ふたつの影はベンチの上、3:1の地点をじりじりと通過したところだった。


「どう、するって…どうもこうもないでしょ?」
「ほんと、損なやつだな。ハロウィンの呪文は、もてなしてもらえなかったらそれ相応のいたずらが許されるって忘れたんだ?」


ちいさい頃から天使みたいに可愛らしかったトウヤの顔は、やっぱりおとなになってもそのまま、端正に整った甘いマスクとして成長を遂げている。そんな自分のカオをちゃっかり武器になると心得ているらしいトウヤは、せっかくだしさ、いたずらすれば?と私の間近でのぞきこむように小首をかしげる。

背の高いトウヤがそうやって首をひねったせいでより一層距離が縮まってしまって、私のあたまはついに真っ白になってしまった。トウヤの淡いひとみに最後のオレンジが点じて、それが魔法のようにきれいで…。


「そっちがいたずらしないなら、こっちからもてなしてあげる」


ささやかれたことばにぎゅっと目をつぶって、甘い衝撃が襲う心臓のうえをぎゅっと握りしめた。
Happy Halloween 2011!
111006
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