novel | ナノ

わいわいがやがやと教室に話し声があふれる。

本来授業中であるはずの時間にこうなったのはついさっき配られたプリントに原因があるけれど、このにぎわいも本来の目的の一部だとすれば、先生がにこにこしているのも納得できる。


「…まあ、こうなるよね」
「そうだね」


さらっと紙面に目を通したなっちゃんがつぶやいて、それから私の相づちもそこそこにぽいっと机のうえに放り投げる。なめらかな木目をすうっとすべったプリントは、いきおい余ってひらひら落っこちていった。

イスを二本足で立たせて寄りかかるなっちゃんは拾おうとすらしないから、私はため息をついてそれを拾ってから、机のうえで暇そうにしているパンフレットをひらいた。修学旅行って、こんなにも面倒くさいものだったっけ。


「…じゃあ班も決まったことだし、どこに行くか決めよっか」
「私たちの場合、班っていう人数じゃないよね」
「たしかに」


おもわず苦笑いしてしまった私を見て、なっちゃんはかたん、とイスを四つんばいに戻す。机に身を乗りだして、ようやく本気でパンフレットをながめる気になってくれたのはいいけれど…なんだか、かける言葉がみつからない。

パンフレットに下敷きにされているプリントには、ふたりきりのグループもちらほら見受けられる。けれどそれは私たちみたいに女ふたり、という構成ばかりじゃない。修学旅行の2日目、班行動という名目のもとに、カップルで班申請をするひとも多いんだ。

るりちゃんは初めは私たちと行きたがっていたけれど、今ではきちんと、堀木とおなじ枠の中におさまっている。水泳部のお節介さんたち…もちろん男子も女子もいるんだけれど、そのお節介さんたちが何やらはたらきかけたらしい、と私はあとから聞いた。

よかったじゃん、せっかくなんだから楽しみなよとなっちゃんも私も笑って送り出したんだけれど。教室の隅で、ひとりでパンフレットをひらくるりちゃんには、なっちゃんも私もはなしかけようとは思わなかったし、るりちゃん自身もはなしかけてこようとはしなかった。堀木も、となりのクラスでひとりでこのプリントを見ているのかな…。


「大体さ、修学旅行なのにテーマパークなんて行っていいのかな?」
「でも、行けるのはうれしいじゃん」
「そうだけど…」


納得いかないなあ、なんてぶつぶつ言いながらなっちゃんはパンフをすごい速さでめくっていく。ちゃんと読んでるのかほとほとなぞだけど、そういえばこの前の中間のとき、参考書をめくるときもこんな感じだった。


「…ねえ、なっちゃんってもしかして、活字にがて?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「うん。2年間いっしょにいて、今はじめて知った」
「ほんとに?」


おかしいな、言ったつもりだったんだけど、となっちゃんが首をかしげながらめくったのが最後の1ページだったらしく、下敷きにされていたプリントが、私たちの前に真っ白な顔をしてあらわれた。

何気なくふたりでそのプリントを見やった一瞬、あの磁石のような感覚とともにぴたりと私のひとみにおさまってきた名前は、…どうしてか、男の子集団のいちばん先頭にぴたりとおさまっていた。あの文化祭の日、脳裏に焼きついたままの背の高いひとの名前もあるし、迷惑そうにしていたひとの名前もある。


『グリーンくんが隠れて付き合ってる子って、なまえちゃんでしょ』


ふと耳によみがったことばを発した彼女は、今は教卓の前のあたりで、友だちと楽しそうにしゃべりながらしきりにパンフレットを指さしている。もしそれが本当だったら、私はどんな気持ちでこのプリントをながめたんだろう…。


「なかなか決まらないから、方向性変えようか」
「方向性?」
「そう、方向性。食い道楽の方向でいくか、風景道楽の方向でいくか…さあどっち!?」


いきなりとんでもない二択でふざけだしたなっちゃんに苦笑いをして、私はちょっと真剣に悩むふりをしてみた。なっちゃんがにやにやする。そうだ、答えは決まってるっていうのに。

ちかちかする白と黒のプリントに、たとえば相関図のように線をひいていくとしたらいったいどれだけの線が必要なんだろう…なんて、考えるだけ無駄なんだ。結局は見えないんだから。
110913
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