novel | ナノ

「…なまえ?」
「あ…え?」
「なにトリップしてるのかはしらないけど、食べるの遅いよ」
「わっ、やばい」


あきれたようななっちゃんの包みはもうカバンの中にしっかり仕舞われていて、となりでるりちゃんが最後のひとくちを運びながらくすくすとおかしそうに笑っていた。

昼休みの教室はわけもなくいつもにぎやかだ。今日だって例外に漏れず、仲のよいグループで集まって食べる女の子たち、黙々と食べ終えてさっさとサッカーをやりに外へとびだしていく男子たち。寒いからなのか室内で鬼ごっこをはじめたらしい男女混合のグループがばたばたと走りこんでくるのへ、なっちゃんはするどい視線を投げつけている。

もぐもぐごっくん、と咀嚼し終えたるりちゃんはお弁当のふたを閉じながら、あわてて箸をすすめはじめた私に微笑んだ。私は苦笑いを返すしかない。


「めずらしいね、なまえが私より遅いなんて」
「いつも私がいちばんなのに代わりはないけどね」
「なっちゃんは早すぎるんだよ」


光のような速さでご飯が吸いこまれていくんだもん、とくちを尖らせるるりちゃんのあたまを小突いて、なっちゃんはあんたは遅すぎ、と笑う。その表情にうそは見つけられなくて、私はほっとしている自分に気がついた。

3人でいるのは気楽だった。私が必死にご飯を食べているあいだはこうやってふたりが話していてくれるわけだし、逆にるりちゃんが堀木といっしょにいるときは、私となっちゃんで話ができる。

ひとりが落ち込んでいるときはふたりで慰めたり、ふたり分の意見を聞くことができる。女が3人あつまれば姦しい、だなんて言うけれど…そうやってずっと話していても尽きないくらいの話題を、私たちは持っている、それは十分、すごいことなんじゃないのかな。

いつもの2倍速…はさすがに無理だったけれど、1.5倍速くらいのいきおいでお弁当を食べきった私は、はなしに入ろうと顔をあげる。そこで、楽しそうに笑うふたりの向こう、男子たちのグループのひとつのうち何人かが、こちらを見ているのに気がついた。

ばっちりと合った視線ははっとしたようにそらされて、それから何もなかったかのように談笑をはじめる。


「なまえー、どうしたの?またぼーっとして」
「最近そういうの多いね」


いくつもの視線に縫い止められたように動けなくなっていた私を解放してくれたのは、やっぱりるりちゃんとなっちゃんのふたりだった。なにか悩みごとでもあるの?と首をかしげたるりちゃんの隣で、ほおづえをついていたなっちゃんが何だか含みのある視線を寄越す。

やっぱり、なっちゃんにはばれてるのかもしれない…。


「…ううん、何でもないよ。今日はちょっと眠くて」
「そっか…ちゃんと寝てるの?」
「逆に寝すぎなんじゃない?」
「そんなに寝てないよ!」


にっと笑ったなっちゃんにくってかかったら、ふたりはおかしそうにあははと笑った。それにいっしょになって笑いながら、そっとピントをずらして奥の集団をもう一度だけ見てみる。

ちょうど教室からわらわらと出ていくところだった彼らの視線はもう、こちらに向くことはなかった。


「次の授業、何だっけ?」
「数学」


るりちゃんの問いかけに、なっちゃんが立ちあがりながらぽつんと返す。たったそれだけの単語に、私の心臓はへんな跳びはね方をした。

…本当は、知っていた。次が数学だってこと。

時間割を覚えてない私なのに、今日だけじゃない、数学の授業はすべて把握してるんだ…前から。


「じゃあ教室移動かあ…めんどくさいなー…」
「いいじゃん、るりは特進合同のトクベツ授業受けられるんだからさ」
「なにそれ、嫌み?」
「よくわかったね」


ちょっと!と半分冗談まじりの声で怒ったるりちゃんから、なっちゃんはトイレ行ってくるーなんて言って笑いながら逃げていく。

それをまったく、とため息をつきながら見送ったるりちゃんは、それからおもむろに私をふり返った。


「ねえなまえ、本当にだいじょうぶ?」
「えっ?何のこと…?」
「だって、さっきから全然しゃべらないし…」


そうかな、とつぶやいたときに勝手にこぼれでてきた笑顔にちからがないことは、私自身もじゅうぶんすぎるくらい自覚していた。
sugar&spice/110911
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