ついこの間までひどく意地悪だった太陽もいつのまにかやさしくなっていて、透きとおったようなひかりを投げかけている。 ちゃぷちゃぷと楽しげな音をたてて水しぶきをあげる噴水を見るとでもなくながめながら、私たちはベンチに座っていた。 「…夏ももうすぐ終わりなのかな」 無意識に私のくちびるからぽろりとこぼれでたことばを拾ったデントくんが、膝にのせたヤナップを撫でる手をとめる。 こちらに向けられる視線を五感のはしっこで感じながら、私はあくまでも水しぶきを見つめつづけた。 「そうだね。日もみじかくなってきたし」 「うん」 「あと、お店にりんごが入るようになったし」 「そっかぁ…」 「秋には桃のタルトのかわりに、アップルパイをつくるんだ」 デントくんはいつもゆっくり、穏やかにことばを放ってくれるから、私のあたまのなかではきちんとお店にいつもならんでいるつやつやのタルトが浮かんで、次にさくっとしたアップルパイが浮かぶ。そっか、いつも行ってるから逆に気がつかなかったけど、お店のメニューは季節にあわせて移ろっていくんだ。 知ってみればとても単純であたりまえのことなのに、さっきまでの私は何にも考えてなかったみたいで恥ずかしい。私の世界はせまくて…引きこもってるせいかもしれないけど、よく知ってるつもりだったサンヨウシティにも、知らないことはある。 たとえばデントくんがどうして今、ここにいるのか、とか。 「休憩中なんだ」 「休憩、あるんだ…」 「あるよ。僕とコーンとポッドと、ローテーションだけど」 私の質問に答えてくれたデントくんの手が、思いだしたようにまたヤナップのうえで動作を開始する。 三人いて便利だね、と言ったらとても可笑しそうにそうかもしれないね、と笑った。 午後いちのお散歩は私の日課だった。サンヨウシティに住むようになってから、居心地のいいこの公園を歩くのがすきで。 その時々にデントくんがあらわれるようになったのはいつからだったかな…もう思いだせないけど、会える日と会えない日が不定期に存在するのは、ローテーションとやらが関係するのかもしれない。 「じゃあ、これからバトルなんだね」 「そうだね」 「がんばってね、ヤナップ」 「なっぷ」 うれしそうにデントくんの腕のなかから返事をしたヤナップが、ぴょんっとはねて噴水の方へ走っていく。ちいさな緑色を見送る私たちの視線をさえぎるように歩いていく老夫婦が、ベンチに座る私たちにほほえんだ。 ちょっとどぎまぎしながら軽く会釈を返してデントくんを見たら、デントくんは立ちあがったところだった。そのままくるりとふり返るけど、まぶしい太陽を背負った表情はよく見えない。 「…もう行くの?」 「うん。そろそろ時間だから」 うなずいたデントくんのことばが、ゆっくり私のなかへ沈んでいく。会える日と会えない日がばらばらにあるから、明日は会えるかわからない。 広場の羅針盤はきらりとひかっているから、時間はよく見えない。 「デントくん、あの」 「ん?」 よく考えもせずに呼び止めてしまってことばにつまる私を、デントくんはじっと待っていてくれた。 ヤナップが噴水の水しぶきで遊んでいる。 「……あの、ね」 「うん」 言ってしまったら今のこのやさしい関係がこわれてしまいそうで、なかなか声にのせることができずに黙りこんでしまう。 デントくんの後ろで笑うひかりがまぶしくてうつむいたら、くすっとちいさな息づかいが降ってきた。 「それじゃあ、僕から言うよ。今度、僕が休憩じゃない日にお店においで」 「えっ…サンヨウジムに?」 「まさか。ジムじゃなくて、レストランに」 ちょうどこの時間なら、アップルパイが焼ける頃だから。 思わずぱっと顔をあげたら、一瞬だけデントくんが笑ってるのが見えたけど、すぐにきらきらの日差しに邪魔されて視界がまっしろになってしまう。 「…アップルパイは焼きたてがおいしいもんね」 「そうだね。だから、……お待ちしております、あなたを」 ウエイターさんのきれいなお辞儀をされてどきっと脈打った心音、デントくんには聞こえてないといいな。 Thanks;ace
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