novel | ナノ

ちいさなペンキの缶と、あきらかに不釣り合いなふとい刷毛を渡されて、私は眉をひそめた。なに、これ…どうしろって言うんだろう。ペンキに浸すこともできないのに。


「部長ー、こんなの無理だよ」
「ちっちっち、甘いな、我が部員たちよ。ペンキの使い方は刷毛に浸すだけじゃない。こうするのさ!」


なんだかとてもテンションの高い水泳部部長はとてもすてきな笑顔をふりまいて、とまどう私たちの前で足下のベニヤ板に、たらたらと黄色いペンキを垂らしはじめる。あまりの荒技に、私を含めほとんど全員がフリーズした。

るりちゃんなんて本気で怒ってる。…まあ、この看板の下地書いたのるりちゃんだし、怒るのも当然かもしれないけど…。


「ちょっと堀木!そんなテキトーなやり方で許されると思ってるの!?」
「わ、悪い」
「看板はね、大事なんだよ!わかる!?私いっしょうけんめい考えてきたの!デザインから何からぜんぶ!」


いつものように始まるるりちゃんと堀木部長の攻防に、私たち部員はアイコンタクトを交わして苦笑いをした。一応クラス企画の方のメドが立ったから、部活の出店準備の手伝いに来たけど…あいかわらず騒がしい。もちろんそれが楽しいんだけど。


「まったく…よくやるよね、あのふたり」
「あ、なっちゃん。クラスの方はどうなってる?」
「どうもなにも、衣装はあらかた終わったよ。迷路班がもめてるみたいだったから逃げてきた」
「えっ、いいの、それ?」
「さあ?」


ふらりとやってきて曖昧に笑うなっちゃんに、ちょっとクラス企画の方が心配になったけど、そろそろ部長とるりちゃんのけんか…じゃなく痴話げんかを止めないと、こっちの企画まで倒れてしまったら困る。

偶然目があった何人かの男子部員といっしょに、私はちいさくため息をつきながらるりちゃんたちに近づいた。とりあえず部長の説得は男子たちにまかせて、私となっちゃんでるりちゃんを止めにかかる。

しばらくしたらようやく落ちついたらしく、しょげかえった部長のかわりに指揮をとりはじめたるりちゃんのもと、私たちもひとつになって看板制作にかかった。

平クレープ、と飾り文字で書かれた鉛筆をなぞるように、黄色いペンキを塗っていく。毎年、水泳部の出店はクレープと決まっているんだけど、ネーミングは自由。今回の名前は100m平泳ぎの金メダルにあやかって堀木がつけた…と、るりちゃんがうれしそうに言ってたのを思いだしたら、なんだかさっきまでのけんかも許せる気がした。

夏休み明けたら付き合ってたふたりに驚かされたのも、なんだかやけに遠い日みたいに、ここ数日は一日一日が濃くて。


「なまえ、クラスの方どうなってた?」
「あー、うん、なんかもめてるって」
「…はい?」
「なまえ、説明のしかた悪すぎ」
「あはは…ごめん」


ずっとこちらにかかりっきりになっていたるりちゃんに、とりあえずなっちゃんから聞いたいきさつをものすごく省略して口にだしたら、となりで背景を塗ってたなっちゃんにだめだしを喰らってしまった。

だけど説明係をバトンタッチしたなっちゃんも、それがさー、とだんだん説明ではなく愚痴になりかけている。

自分だってそうじゃんとなんとなくふてくされながら、だんだんと意識は手もとでのびていく黄色に吸いこまれていった。

ぐるぐるとうずまくのは、あれからまたしばらく会ってないグリーンが発したことば。もうあきらめると決めたはずなのに、ふとした拍子に、グリーンの何気ないことばの端々をひっぱりだしてきては、あの不確定な事実を否定するようなかけらを必死になってさがしているんだ。

なんて未練がましいんだろう…。


「ちょっ、なまえ、はみ出してる!そこモスグリーンだから」
「えっ!」


びくり、と反応してしまった自分がはずかしい。あきれたように笑っているなっちゃんとるりちゃんの肩越しに、部長が何ごとかとこっちを見ている。あの頃のるりちゃんはにぶくて、ぜんぜん堀木のきもちに気づいてなかったのにな。

ごめん、と笑ってみせるくらいしかできない私自身がみじめでつらかった。
110818
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