novel | ナノ

外のごみ捨て場は遠いわけではなかったけれど、だからといって近いわけでもなかった。

本番がいよいよ目前にせまってきた今、どのクラスや部活も最後の確認や追い上げに入っていて、そこらじゅうでダンスの練習をしたり、大道具をつくったり、衣装あわせやめいろの組み立てをしたり、文化祭の空気が読みとれる。

おおきなビニール袋をかかえるようにしながら、私はそれらのあいだを縫って外にでた。

曇天の空はうす暗く、ひゅうっと吹いた木枯らしが、身をすくめるほどつめたい。「帰りは雨かもしれないねー」「おまえかみなり苦手なんじゃねえの?」「そういうこと言わないでよ」なんて、仲むつまじくごみ捨てに行ってきたらしいカップルを横目に見ながら、申しわけ程度に巻いたマフラーに顔をうずめる。

やっぱり、手伝おうか?って言ってくれたなっちゃんのさそい、断るんじゃなかった。

薄墨の空気はどんどん濃くなって、ぽつぽつとともる校内のあかりがとてもあったかそうに見える。なんか、みじめ…。

さくさくとわざと落ち葉を踏むようにしながらうつむいて歩いていたから、呼ばれるまで気づかなかった。


「なまえ」
「…ひっ!」


ぽんっととつぜん背中をたたかれたものだから、私ははっと息をのんで固まってしまった。ぱっと上げた視線の先で、冷えたガラスにうつる蛍光灯が見える。

…だけど、そんなことにかまけてる暇は、私の脳みそにはなかった。


「なーにこれくらいでびびってんだよ」
「グリーン…やめてよ、心臓とまるかと思った」
「ははっ、まじで?」


じゃあもっと派手にやればよかったな、と笑うグリーンのつんつんあたまの上にも、私のあたまの上にも、はらはらと木立がにぶい色彩を降らすはたから、いくつかはグリーンが運んでいるおおきなごみ箱のなかにはいっていく。

水色をした円形のポリバケツを運んでいるグリーンに沸いた疑問を、おどろきの熱にうかされたまま、私はたずねた。


「ごみ箱…まるごと?」
「まあ、な。なんかごみ袋がないって女子が騒いでるからこのまま運べばいいだろって言ったら、お前がやれってさ」


へらりと笑うグリーンは、私のしらないグリーンだった。たくさんの女の子たちに囲まれて、そのなかで愛想よく笑うグリーン。

ぎゅうっと、ここ最近なっちゃんのおかげで軽くなっていた心臓があえいでいるけれど、当たり前なことにグリーンはそれに気づかない。


「で、お前はひとりでごみ出しか」
「うん」
「さびしいやつだな」
「ちょっ…グリーンだってそうじゃん!」
「それが、オレはひとりでもいいんだよ」
「なんで?」
「かみなり」


うまくいつもどおりの会話ができてることにびっくりしていたら、不意打ちでぽんっとグリーンのくちからとびだしたことばに私の肩がはねる。ごまかしたつもりだったけどだめだったみたいで、くっくっと押し殺した笑いがもれるのがいたたまれない。

両手がふさがってるから、いつもみたいにはたくこともできないし…。

くやしいから、並んでいた肩を肩でとんっと押して、うわっとか言いながらよろけたグリーンに笑いながら走りだした。「友だち」に弱みなんか、見せてやるもんか。


「私だってかみなりくらい平気だし!」
「おい、もしひっくり返ったらどうすんだよ」
「さあ?」


肩をすくめて、小首をかしげて見せたら、グリーンがおおげさなくらい大きなため息をつく。一度地面についていたポリバケツを持ちなおして、やれやれといった感じでまた、私のとなりにならんだ。

なんだか、ふしぎ。グリーンとはなすのはもっとつらいと思ってたのに、今はもう、するどくつき刺さるような痛みは針の先ほどだけみたい。どくん、と大きく打つたびに襲うのはにぶいものだけだから、こうしてはなしもできる。

純粋にすきだったころよりも、楽かもしれない…。


「…そっちの進行状況はどうだ?」
「偵察は丁重に送りかえせって、実行委員が」
「いやべつに偵察ってわけじゃ…。まあ、いいや」


グリーンの声は尻すぼみになり、墨色にとけていった。視界のはしに、ごみ捨て場が見える。
110817
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