novel | ナノ

休日なのに和服なのは変わらなくても、今日ハヤトが着ているそれが普段、ジムリーダーとしての袴とちがうのは、私でもわかる。なじんだ紺色の、麻の着物。目にも涼しげだし、実際涼しいんだと、たしか前に言ってた気がする。

ハヤトがそんな普段着を着るのももう何ヶ月ぶりかと指折り数えられるくらい、最近のハヤトは多忙だったのを私はしってる。私だけじゃなくて、ハヤトが袖をとおした着物も、もちろん私の肩でふくらむポッポも、ハヤトが身を預けてるソファも、私が座ってるテーブルもみんなしっている。

それなのに、ソファからなにも言わずに私の肩のポッポを見つめるハヤトは、なぜか朝っぱらからふきげん極まりなかった。


「ハヤトー?」
「…なんだよ」
「なに怒ってるの?」
「…べつに」


今はふたりと一匹きりのひろい部屋で、中途はんぱに離れた場所からひらひら合図を送ってみたらふいっと目をそらされてしまった。

きらきらと朝のひかりが差している窓に向けられた視線が、ちょっとだけくやしい。つよい日差しをあびる横顔はどきどきするほど格好良くて、そのうち肩のポッポも、その凛々しさにさそわれるように飛んでいってしまう。

あーあ、すなおに飛んでいけるポッポがうらやましい…さっきからポッポばっかり見つめてるし。

本当は私だって、かまってほしかった。数ヶ月ほったらかしにされて怒らない彼女なんて、私くらいしかいないんじゃない?なんて優良物件なの私。友だちには、都合のいい女になってる!なんて怒られたくらい。

言ってしまおうか、言うまいか。悩んだ一瞬のあいだに、ハヤトはせっかく自分に寄ってきたポッポをボールにしまってしまった。…あれ?

それからようやっとソファから立ちあがったハヤトは、とうとつな行動に唖然とする私にすたすたと近づいてくる。


「え…遊ばないの?」
「ああ」
「なんで?」


私のことばが予想外だったらしく、イスに座った私の正面にそびえ立ったハヤトの片眉がうごく。相変わらずふきげんそうな様子に、おもわず腰が引けてしまう。

だって、さっきからハヤトは私になついたポッポをくやしそうに見つめてるから、てっきり…。

答えられなくてうつむいたら、盛大なため息があたまのてっぺんに降ってきた。


「…ポッポの世話は、ジムでいつもやってる」
「そ…う、なんだ」
「そうだよ。だから、お前がかまう相手は他にいるだろ?」
「かま……。え?」


ついおうむがえししようとして、私は顔をあげた。あげたはずなんだけど、それよりはやく後頭部におおきな手のひらがまわっていて、ぽすんと半ば強制的に、ハヤトのお腹あたりに顔を押しつけられた。

ほどよく引き締まった筋肉に、おもわずどきりとするなんて変態みたいでいやだ。だけど同時にふわりと香ったひさしぶりのハヤトのぬくもりだとか、涼しげな麻の肌触りだとか、そんなのに羞恥なんてぜんぶとけ消えてしまう。

さらさらと髪を梳くながい指が、頭皮にじかにふれるたび、心臓がぎゅうっと狭くなった。


「…どこか行こうか」
「…うん」
「着替えてからになるけど、いいか?」
「うん。待ってる」


なんだかおかしくなって笑み混じりの声で答えたら、返ってきた声も笑っていた。

和服慣れしてるハヤトのちょっと着くずれた格好なんて他のだれにも見せるつもりはなかったけれど、まわした腕を解きながらあたまのてっぺんにくちびるを乗せたハヤトも、おなじきもちだったのかもしれないなんて、うぬぼれたくなった。
20110810~110913
ミラーの原理
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