「あれ、角材一本足りねーっぽい」 「え、うそ」 「なまえ、ちょっとこっち」 透明なガラス窓にばしばしと雨が叩きつけているけれど、それよりも教室の騒音のほうがよっぽど有意義で、そしてうるさかった。 わいわいがやがやとしたおしゃべりに混じってがりがり板を削るのこぎりの音も、ばんばん釘を打ちつける音も、何もかもがなんだか特別で、不思議な熱気にうかされる。誰ひとりとして、雨になんか意識を向けるひとはいない。文化祭準備に必死なんだからあたりまえかもしれないけど。 板を固定し終えるまで手を添えているつもりだったけど、どうやら材料不足でむりらしい。どうしよう。クラスメートと顔を見合わせたところで衣裳班の友達から呼び出しがかかり、私はちょっと謝ってそちらにかけよった。 途中、床にひろげられた平たいベニヤ板をジャンプする。ぎりぎり角っこを踏みつけてしまい、作業中の子たちに笑いながら怒られた。 「なまえーなに踏んでんの!」 「ごめんごめん!…っと、なに?」 あはは、とひとしきり笑って向き直れば、水泳部でおなじみの彼女はなぜか、なにもしてないのににっこり笑った。 ひらりと一枚の紙を渡される。受けとってみれば、何これ……買い出し許可証? 「これから買い出し行きたいんだけど、私いま手が離せないから、本部で判子もらってきてくれない?」 「べつにいいけど…その笑みはなに?」 「いやぁ、なんでもないよん」 絶対になにか隠してることにまちがいないんだけど、どんなにひっくり返してみても買い出しに行くひとの名前がならんでいるだけで、許可証は許可証だった。スカートにおがくずがついてるのかとも思ったけど、ちがうみたいだし。 はいはい、いいから行ってきてと背中を押され、教室をしめだされた。 なんだろうと首をかしげつつ実行委員会本部に行ってみて…やっと原因がわかる。急速に脈が早くなるのは、間違ってもうれしいからじゃない。 かんたんに設けられた机がふたつ、へこみきったソファがひとつ置かれただけの本部の入り口でなかを見てから先、私のあたまは真っ白になった。 「なまえ?…何してんだよ、そんなとこで」 やっぱりグリーンは何も知らずに、あっさりと私を呼んで笑った。部屋のそとで立ちつくすのを不審がりもせずに、入ってこいよと手招きをする。 思考回路も自意識も、なにもかもどこかに吹きとんでしまうくらい強い感情が吹き荒れたおかげか、私はそのことばにしたがうことができた。…あたまが真っ白になってよかったのかもしれない。 本部はめずらしく空いているみたいだった。この時期はいつも並ぶほどひとがあふれている光景しか見ないから、空っぽのこの部屋はなんだか異様な気もするけれど。 「で、用事は?」 「……これ、お願いします」 「ん」 グリーンはするりとそれを受けとると、ばんばんと朱肉に何度か叩きつけた印を、はからずも私の指のかたちを覚えた証明書に押しつける。 座ったままのグリーンを立って見下ろすのは初めてで、いつもとはちがうアングルに痛む心臓から競りあがるおおきな波を、ぐっと手を握ることでやりすごした。 「…あれ、これお前の名前ないじゃん」 「うん…、頼まれただけだから」 「ああ、クラスのか。お前んとこあれだろ、お化け屋敷」 「…うん」 「珍しいよな、二年でお化け屋敷」 ふつう三年なのにな、としゃべりながら差しだされた証明書を受けとる指が、どうかふるえていませんように。 ふっとグリーンがこちらを見あげた気がしたけど、ふり返らずに先手を打って身をひるがえした。顔を見られたらおしまいになってしまう。 お礼もそこそこに本部をあとにして、私は走るように廊下を進んだ。昨日すべて流したはずなのに、私のなかにある思い出の残り香が、ざあざあと記憶した音をたてて存在を主張している。 110815
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