どんより暗い夕暮れの空はいまにも泣きだしそうで、私はぼやけそうになる視界をまばたきで拾いながら、なんとか帰路をたどっていた。 わかっていたことだった。わかっていたことだったけれど、いざ実感してみると全然、これっぽっちもわかってなかったことに気がつく。 覚悟はしてたつもりだったのに…しょせん私の覚悟なんて、この程度だったみたい。言い訳すらでてこない。 グリーンほどのひとに、彼女がいないはずがなかったんだ。 わかってた。それなのに…なんで、泣いてるの私。 ぽた、ぽたと見下ろす地面にしみがついたのを合図に、とうとう空がにじんだ。 つめたい雫が、筋トレで疲れ切った全身をおそう。…これでまた風邪を引いたら、ときが戻ったりしないかな…なんて、折りたたみ傘をひろげる気力さえ起きない脳みそが笑う。 「……っ、ばか…」 つらい。どうしようもなくつらい、苦しい。雨に溶けてしまいたいくらいで、それなのにきもちを表現する手立てが見つからない私がつぶやいたことばは、あまりに陳腐だった。 「ちょっとあんた、なんて格好してるのよ!」 がちゃりと家のとびらをあけたとたんにお母さんがとんでくるからびっくりした。 あまりにひどい雨だから、車で迎えに行こうかと思ってたのよ、とお母さんは私のあたまにバスタオルをかぶせながら言った。なるほど、パートタイマーのお母さんに今日の仕事はないはずなのに、かるくお化粧済みなのはそういうこと? 「急に降ったから、傘だすより走ったほうが早いかなって…濡れるのには慣れてるし」 「あんたって子は……、どれだけばかなの」 はぁ、とおおきなため息が聞こえた。わしゃわしゃと私のあたまをかき回していた手がとまる。本当に、お母さんの言うとおり、私はばかだ。 秋の雨はつめたくて、ぜんぜん優しくないのに。 お風呂にはいりなさいと半ば強制的につれていかれた脱衣場の鏡に、私のくちびるは自然とゆがんだ。 ひどい顔。これで部活のあいだばれずにすごせたなんて、私って作り笑い上手なのかな。ポーカーフェイスというか……今まで言われたことなかったけど。 もう忘れよう、つらいだけだ。夏のはじめ、大雨のなかからとびこんできたグリーンがつぶやいたことばも、いっしょに勉強した去年のことも、全部ぜんぶ、あたたかいこの水といっしょに、溶けだして流れてしまえばいい。 『…なにを言ってるのかわからないけど、私はグリーンと付き合ってないよ』 『だって、グリーンくんが言ったんだよ。付き合ってる子がいるし、私のきもちには応えられないって…』 言い返そうとした口が、ひらかなかった。彼女の目はまっすぐに私をにらんでいて、渡したプリントはぐしゃぐしゃに握られたまま。 夕焼けが差しこんで、ひとみにあわい炎が宿ってきらりとひかった。 『なまえちゃん、私は許さない』 『あのねっ、だから私は』 『わかってる、隠してるんでしょう?だけど私は知ってるし、ぜったいに許さないから』 くるりときびすを返した彼女の背中を、私は結局、そのまま見送った。いつの間にか男の子たちはいなくなっていた。 110802
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