novel | ナノ

さっきまであんなに明るかったのに、もう夜はすぐそこまで迫っている。そんなこのあたりの光景が限りなく想起させるのは、まだ出会って間もないころ、初めてトオイくんの家にあがったときのことだった。

前を行くヒトカゲも、プラスルとマイナンも、あれからずいぶんと成長した。同じような時間だっていうのに、早寝どころか眠たいという兆しすらみせない。例のポケモンクッキーをかるい紙につつんでもらったものをおみやげにかかえながら、プラスルとマイナンと、3匹でたのしそうに話をしながら歩いている。

空いたトオイくんの手はあたたかく、私の手をつなぎとめてくれている。

ふと風向きが変わって、おとなしくしていた髪の毛がぶわっとかき乱され、てんでばらばらに散らばった。なにもかもが一瞬だけ、見えなくなる。


「…トオイくん」
「ん?」
「ヒトカゲたちが使ってる抜け道って、どこにあるのかな…」


ちょっと前でゆらゆらゆれるほのおを、なんとなく見つめながら口をついて出た問いに、トオイくんはどうだろうねと、とっておきのタイムカプセルを埋める子どもみたいな口調で言った。


「たぶん、通気口とか、そんなところなんじゃないかな」
「通気口!?」
「うん。プラスルもマイナンも、昔はよく通ってたから…」
「…もしかして、ヒトカゲが汚いのっていつも、通気口を通ってるから…?」


ちょっと予想外だったけど、たしかに通気口なら、ヒトカゲがあんなにすすけるのもうなずける。

おもわずまじまじとしっぽのほのおに視線を送ったら、無意識にそれを感じたのか、ふり返りもせずにひょっこりとしっぽが跳ねた。

トオイくんもそれを見ていたみたいで、ちらっと私をふり返った。すみにとらえた口もとは、わずかに弧を描いているみたい。


「なまえ、聞こえてたんじゃない?」
「えっ、まさか…」


なにか反論しようとして、最後の角をまがったことに気がついた。ホタルのように孤立している蛍光灯の灯りが、気温のおっこちた穏やかな舗装をさびしく見せる。

先に着いていたポケモンたちが、門の前でならんで待ってくれていた。ゆっくりのんびり到着した私たちに、じとっとした非難のまなざしが投げられる。


「うわ、なんで怒ってるの?」
「うーん…遅かったからじゃない…?」


ぎょっとしたトオイくんに、私は憶測で答えた。ごめんねと謝って門をあければ、ヒトカゲを筆頭に、プラスルやマイナンまでさっさと私の家にはいっていく。

お帰りなさい、というお母さんの声が、金色のひかりが漏れるドアのむこうから聞こえた。


「…今日は私の家に泊まるみたいだね」
「うん…、お願い、してもいいかな」
「もちろん!」


プラスルとマイナンはボールに入っているわけではないから、ほんとうはトオイくんがお願いする必要もないはずなんだけど。

ありがとうと微笑んだトオイくんの手がゆるみ、私の手が解放される。涼しげな夏の夜風が、お互いの肌に残ったぬくもりを包んだ。


「明日は私、バトルの練習があるから」
「うん。僕も明日は、父さんの手伝いをしなきゃいけないから会えないとおもう」
「そっか。がんばってね」
「なまえも」


じゃあ、と手をふりかけたトオイくんが、一度ことばを止め、それからおかしそうに口許をゆるめる。


「じゃあ明日、って言おうとしたんだ。明日は会えないってはなしをした直後なのに」


どうしたのかと思いきや、はずかしそうにそう言うトオイくんにつられて私も笑った。
110717
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