novel | ナノ

クチバシティの港に沈む夕日はすごくきれいで、街全体を懐かしいような暖かい色に染め上げる。

レッドさんはこれからシロガネ山に帰る、らしい。今から飛んだら夜になってしまって危ないと思うんだけど、大丈夫の一点張りだから、私は見送りに出てきた。


「あの、本当にありがとうございま…」
「いいよ」


ポケモンセンターの前で、何度くり返しても言い足りないお礼をまた口にした私のくちびるに、レッドさんは穏やかにほほえみながらむに、と人差し指を押しあててきた。

レッドさんの思わぬ行動に、私はびっくりして思わずとびすさる。かぁぁ、と顔が熱くなるのがわかった。夕暮れでよかった…。

私の焦り様がおかしかったのか、今度はレッドさんは小さく声をたてて笑う。なんだか今日のレッドさんはよく笑うし、微笑むし、不思議なくらい表情が豊かだ。


「クチバシティなら、大丈夫だから」
「…泊まってもいいんですか?」
「うん。タマムシとヤマブキ以外なら、大丈夫」


こっくりうなずいて、レッドさんは不意に無表情に戻って、じっと私を見た。あまりの転換の速さについていけなくて、私はまばたきを繰り返す。


「……なまえ、」
「何ですか?」
「幼なじみ、いたんだ」


飛び出した内容も唐突で、思わず身構えてた私はきょとんとしてしまった。


「え…ヒビキのことですか?」
「そう。トレーナーって言ってた」


レッドさんが伝説のトレーナーだと騒いでいたヒビキに、レッドさんは興味を持ってくれたのかな…?

純粋に、幼なじみが伝説のトレーナーに注目されるのはうれしくて、自然と口元がゆるんだ。


「はい!実はヒビキは、私よりも先にポケモンをはじめてるんですよ」


先を越されちゃって、と笑ってみせたけど、なぜかレッドさんはいつもみたいな無表情に戻ってしまったままで、だけどそれがどうしてかわからない。

すこし考えるように黙った後、とびすさったことで開いた間を詰めたレッドさんは、今度は右の手の甲で、私の右の頬にかすかに触れた。なんだかくすぐったい。


「なまえ。…どれくらいいるの」
「クチバシティにですか?」
「ちがう。あいつと」
「ヒビキと…?」


こっくりうなずいたレッドさんの真意がわからない。何を考えてるんですか?なんて聞けるわけがなくて、私は首をかしげた。


「えぇと…じゅ、10年くらいです」
「10年…」
「は、はい。たぶんですけど…」


レッドさんの視線が読めなくて、かすかにどもる自分が気持ちわるくて恥ずかしい。だけど、つぶやいたレッドさんがかすかに眉をひそめた、その表情を初めて見たから逸らすことができなかった。

かすかに触れていた手が離れていく。


「……まだ、2ヶ月くらいなのに」
「えっ、何がですか?」
「オレと、なまえ」
「そういえば…!もうそんなにも経ってたんですね!」


知り合って2ヶ月も経ったのに、私はレッドさんのことをあまり知らない。だけど初めて会ったときの記憶が薄れてるのも当然な気がした。だって、レッドさんといた記憶は積み重ねれば積み重ねるほど、大事になっていくから。

レッドさんは私のことばを不思議そうに聞いていた。

「そんなに…って、思う?」
「はい」
「どうして」


いつも私よりずっと冷静なレッドさんが、まるで左右のわからない子どもみたいに私を見つめるのが、…可愛い…かもしれない。

思わずほころんだ口から、ぽろりと本音がこぼれ出た。


「私、レッドさんのことあまり知らないから…」
「…知らない?」
「あ、もちろんレッドさんがすごく優しくて、あの、親切だってこととか、強いこととか、知ってるんです、…けど」
「けど、何」


あああ、どうしよう間違えた!こんなこと言うつもりじゃなかったのに、これじゃあ甘えてるみたいになっちゃう!だっておかしい。彼女でもないのに知りたいとか言えない。


「、……なんでもないです」
「なんで」
「……」
「なまえ」


羞恥と自己嫌悪に耐えられなくてうつむいたら、さらに距離を詰めてきたらしいレッドさんの靴が視界に入ってきた。

背中に視線を感じる。やっぱりレッドさんは、どこにいても視線を集めてしまうみたいだ。老若男女問わず、あの、強いつよいオーラで。


「オレは知りたい」
「えっ…」
「なまえのこと。もっと知りたい」


びっくりして顔を上げたら、思いの外レッドさんは真面目な……じゃなくて、いつもの無表情だった。


「なまえは、知りたくないの」
「う……」
「……」
「知りたい…です」


たじろいだ私はついに根負けした。レッドさんはずるい。知りたくないわけがないのに。

ようやく無表情の崩れたレッドさんが取り出した、リザードンのボールより先に、ピカチュウと私のバクフーンが待ちきれなかったように飛び出した。
101119

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