novel | ナノ

さわさわと流れてく風が心地いい。

すこし前を行くレッドさんの手から私の手に伝わる気持ちがすごくおだやかで、ひだまりにいるような気持ちになれる。


「…レッドさん、本当に私、あれだけでよかったんですか?」
「うん。十分」


結局シオンタウンに部屋は取らないまま、私はレッドさんとクチバシティに向かっていた。

あれ、っていうのは、ついさっきシオンタウンですませてきたお墓参りのことで、それはレッドさんがついてきてって言った場所でもあった。

レッドさんのポケモンのお墓なのかと思ったんだけどそうじゃないみたいで、でもレッドさんが聞いてほしくなさそうで、聞けないままタイミングを逃していまに至る。


「…なまえ、」
「はい」
「クチバシティには来たことあるの」
「あります!実は、最初に着いた町です」
「…船で?」
「はい!きれいな港ですよね」


カントーに着いたのはずいぶん前なのに、連絡船からクチバの港に降りた感動と興奮と緊張は、つい昨日のことみたいに思い出せる。

私がレッドさんに出会ったのはハナダシティのポケモンセンターだったけど、それはずいぶん前に感じられるのに。


「レッドさんは、海と山だったら、やっぱり山がすきですか?」
「…海と山?」


レッドさんの声が思ったより低くて、私は思わずたじろいだ。なんの気なしに聞いちゃったけど、何か失礼だった…?

あわてて取り消そうと思ったけど、レッドさんの方が早かった。


「…べつに、山がすきなわけじゃないけど」
「そ、そうなんですか…」
「なまえは」
「えっ、私ですか?」


尋ね返されるとは思ってなくてびっくりしたら、びっくりした声が出てしまった。すこしこちらを横目で振り返ったレッドさんが、すこし目を細めて笑う。

太陽をさえぎる帽子の濃い影が赤い目に落ちていて、どきりと心臓が跳ねた。あわててうつむいたけど、レッドさんが笑うたびにこんなにどきどきしてたら寿命が縮んじゃいそうだ。


「そう。なまえは海と山、どっちがすき」
「私は…」


改めて考えると困ることに気がついた。海は夕陽がきれいで、でも山には……レッドさんが、いる。


「…どっちもす」
「それはだめ」


すきです、と言う前にさえぎったレッドさんは、私がそう言うことなんてわかってたみたい。びっくりして見上げた先で、また横目でこっちを見ていた。


「どっちもはずるいからだめだよ」
「ずるいですか…?」
「うん」


こっくりとうなずくレッドさんがなんだかひどく真面目な顔をするから、私も真面目に考えてみた。


「……私は、…う、」
「海?」
「じゃなくて、山がすきです」


レッドさんがいるから…なんて言えるはずがなくて、赤い目を見れるはずもなくて、つないだ手を見つめながら答える。言ってから後悔した。

どうしてって聞かれたらなんて答えよう?山登りはきらいだし、山にいる虫ポケモンだって本当はすこし苦手だ。それらしい理由なんて考えてない。

だけどレッドさんは、なんでなんて聞かなかった。


「…じゃあ、オレも山がすき」
「じゃあ、って…?」
「それはまだ、秘密」


レッドさんはそれきり前を向いてしまった。珍しくボールにしまったままのバクフーンがボールのなかで不満そうにカタカタゆれていたのに気づいたけど、レッドさんのピカチュウでさえボールのなかにいるのに出せるはずがない。

クチバシティはもうすぐ先で、着いたらまずポケモンセンターで部屋を取らなきゃ。あ、そういえばだいすきクラブの会長さん、元気かなぁなんてぼんやり考えたら、道のりなんかあっという間だった。

あるいは心のなかで、ずっと到着しないことをほんのすこし、少しだけ願っていたからかも。

理由なんか明確だけど。
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