novel | ナノ

「えぇっ!?じゃああなたが、あの伝説の…!?」
「ヒビキ、声大きいよっ!」


ヒビキの大きすぎる声に、ロビーにいた人たちが数名、振り返ってこっちを見た。レッドさんが伝説のトレーナーなんてばれたら大変なことになる…!

あわててヒビキに指を立ててみせたら、ヒビキは首を縮めてごめん、と謝る。振り返った人たちの視線も、ちらほらと元に戻った。

シオンタウンにヒビキがいるなんて思ってなかったから、ポケモンセンターのロビーの椅子に座ってるレッドさん、次にその隣にいる私を、目を見開いて見られるのが恥ずかしくて…ほんとに、死にそう。

これまでだって手をつないでるとこを人に見られたことはあったし、そのたびに恥ずかしくて申し訳なくて仕方なかったけど、知らない人に見られるのと、幼なじみに見られるのとじゃあ話がぜんぜんちがう。

第一、絶対誤解されてる。ヒビキは口にこそ出さないけど。


「…なまえ、だれ?」
「あっ、すみません。私の幼なじみのヒビキです」
「はじめましてレッドさん、なまえの幼なじみで、ワカバタウン出身のポケモントレーナー、ヒビキです」
「…幼なじみ?」


レッドさんはかぶった帽子の下から、あのまっすぐな目でヒビキを見つめる。その視線を受けたひとは大体どぎまぎしちゃうんだけど、ヒビキも例外じゃなかったみたい。

ちょっと固まったと思ったら、突然立ち上がる。


「…あ、僕これからセキチクシティまで行ってみる予定だったし、これで失礼します、レッドさん。なまえも」
「え…さっき会ったばっかりなのに」
「なまえ、シオンタウンに泊まってくなら、早く予約しておいたほうがいいよ。2部屋なんてあっという間に埋まっちゃうし」
「え、そうなの?」
「うん」


やっぱりどこの町でも、ポケモンセンターは人気なのかな…。ジョウトではあんまりこういうことなかったけど、最近はしょっちゅうだし、カントーはこういうものなのかも。

レッドさんに聞いてみようかと視線をめぐらせたとき、黙ってたレッドさんが口を開いた。


「べつに、1部屋で十分だけど」
「………え?」


今度はヒビキだけじゃなくて、私もいっしょに固まった。レッドさん、な、なんでそんな誤解を深めるようなことを…!? 凍り付いたような私たちに首をかしげたレッドさんは、ヒビキから私に視線を移す。


「昨日も、平気だった」
「……」
「ちょ、ちょっと待ってヒビキ、ちがうの!ただ部屋がふたつ取れなくって、だからレッドさんはソファに寝てくれて、だから…」
「…ああ…、なんだ、そういうことか…」


ぴんときたらしいヒビキがようやく笑顔を浮かべてくれて、私はほっとする。

それなのに、じゃあ僕行くよ、バイバイ、と手を振ってポケモンセンターを出ていくヒビキの笑顔はどこか引きつってたように見えて、でもどうしてなのかわからない。

ヒビキを見送ってから振り返ったら、後ろで同じようにポケモンセンターの自動ドアを見ていたレッドさんが、私に視線を落とした。

ぱちりと目が合ったとたんにやわらかくなる視線に気づいてしまって、もうヒビキはいないのに、またほおに血が上る。


「…レッドさん、あの、ありがとうございました」
「なにが」
「わがままを言ったのにタマムシシティに来てくださって…それに、シオンタウンまで送ってもらっちゃって…。レッドさん、修行中だったのに」


私、意識しすぎかもしれない。レッドさんがあんなこと言うから…なんて責任転嫁みたいだけど、原因のひとつには違いない。

とにかく恥ずかしくて、目が合わせていられなくて、私はうつむく。うつむいた先にいたピカチュウがまた、ちいさく首をかしげた。
ピカチュウも、ごめんね。


「なまえ」
「…?」
「オレが好きでやっただけだから」
「でも」


名前を呼ばれて顔を上げた。だって、来てもらっちゃった挙げ句に部屋がなくて、結局狭いひとり部屋のソファで寝てもらったなんて申し訳なさすぎて。

納得できない、お礼に何かしたいって思ってたら、顔に出てしまってたらしい。ちいさく吐息で笑ったレッドさんの手が、私の頭に到着する。


「……じゃあ、いっしょに来て」
「どこにですか?」
「これから行くところ」
「…お礼に…?」
「うん」
「お安い御用です!」


他にも何か、私にできることがあるなら、差し入れでもなんでもやります!

頭をやさしく撫でてくれる手の下でそうやって意気込んだら、今度こそレッドさんは笑った。
第4回BLove小説・漫画コンテスト応募作品募集中!
テーマ「推しとの恋」
- ナノ -