novel | ナノ

道行く人が、進むたびに数人は振り返る。きっと、目深にかぶった帽子を脱いだらそれこそみんなが振り返るんだろうな…。

背中に突き刺さる女の子たちの視線を嫌ってくらい感じて、うれしいんだか哀しいんだかで泣きそうになった。違うんです、私、べつにレッドさんとどうこうな関係じゃないんです…!


「…で」
「で…?」
「なまえはタマムシで何がしたいの」


着いたから、という一言だけの電話があって、それに戸惑いながらポケモンセンターの自室から出てみれば、たしかにロビーにはいかにも不機嫌そうな、けどシロガネ山から降りてきたばかりとは思えないほどぴんぴんしたレッドさんがいて。

無言で、私には有無も言わせてはくれずに私の手をつかんだレッドさんは、そのままずんずんと私を引きつれたままポケモンセンターを出てきて、そうして今にいたる。


「何……といいますか…えっと」


タマムシマンションの前、邪魔にならないようにすこし道からそれた場所で、ようやくレッドさんは振り返ってくれたけど、帽子の下の表情は険しい。

…わがまま言った自覚はあるけど…お、怒ってらっしゃる……。伝説のトレーナーの迫力は、当たり前だけど伊達じゃない。

目を合わせていられなくて、思わずレッドさんの靴を見つめた。


「私、ただ、ようやくポケモンセンターが取れたから」
「……ポケモンセンター?」


降ってきた冷たい声に、思わず背筋がぞくりとしてしまう。寒い。ついこの間まで、暑くて仕方なかったのに。


「このところずっと、ポケモンセンターの部屋が取れなくて、野宿続きで、…だからもう少し、泊まってたくて…」
「……」
「どうでもいいことでわがまま言って、レッドさんに迷惑かけて、本当にごめんなさい」


とうとう沈黙に耐えきれなくて、私はぎゅっと手を握りしめた。おまけにつながれてたレッドさんの手も握りしめてしまって、あわてて手を緩める。

電話では意地を張れたけど、レッドさんを前にして意地を張り続けることなんかできない。今日はそれがわかった。


「…反省してるの」
「…してます」
「本当に?」


つないでなかったほうの手が突然ほおに触れて、それにびくりとしてしまった私に、その手は一度だけ躊躇する。

それでも止まったのはわずかな間で、するりと、その手は私のほおをすべり、


「…れ、」


いつの間にかからからになった喉が痛い。痛くて声が出せなかった。上向かされた目の前に、赤い強い瞳があって、レッドさんは私の顎をつかんだまま、じっと目を見つめてくる。


「なまえ。もうしないって、約束できるの」
「……っ、」


からからな喉が許してくれないから必死で何度もうなずく。最初っからあんまり力が入ってなかったらしいレッドさんの手が、顎からはずれるくらい強く。

それに満足したらしいレッドさんがようやく、目を逸らすのを許してくれる。またしてもレッドさんの靴を見つめながら、心臓が破裂しそうだと思った。

寒いって思ったり、そのくせ喉がからからになったり、体感温度の差が激しすぎて風邪を引きそう。引いたらレッドさんのせいだ。たとえレッドさん自身が無自覚でも。

いつの間にか聞こえなくなっていた町のざわめきが戻ってきて、レッドさんの靴がゆるりと動く。


「…レッドさん?どこに行くんですか?」
「買い出し」
「…買い出し…?」
「次にグリーンが来る前に、食料尽きそうだから」


自然に腕がひっぱられて、私もレッドさんにつられて歩きだす。

今は山籠りしてるはずなのに、現役で町を旅してる私よりレッドさんの足取りのほうがずっと、落ち着いていた。
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