novel | ナノ

ざあざあと雨が降る音を夢見心地で聞いていたら、唐突に、着信音がけたたましく鳴り響いた。

びっくりして半分寝呆けたまま押した通話ボタンに、耳から流れ込む声は久々に聞いたあの心地のいい声…


『ようなまえ、起きてるか?』


…では、なかった。


「……。…グリーンさんですか?」
『おう。…お前、声潰れてんぞ。寝起きか?』
「…ほっといてください」


からかうような声に私はむっとしつつ答えた。仕方ないじゃないですか、朝は弱いんです!

ぼんやりした頭で時計を確認すればまだ朝の5時だ。こんな朝早くにかけてくるほうがおかしい、と言おうとしたけど、頭が回らない私より、元気そうなグリーンさんの方が口を開くのは早くて。


「お前最近、レッドのとこ行ったか?」


…レッド…?ああ…レッドさん…?

ついさっき、電話の相手だと思ってしまったひとだ、と寝起きの思考回路がおいついた瞬間、ついこの間の出来事もよみがえってきて、私の意識は一気に覚醒した。かぁぁぁ、と頭に血が上ってくのがわかる。


「なっ、な、れ、」
『ど、どうした?』
「レッドさんがどうかしたりしましたかっ!?」
『…いや、むしろお前こそどうかしたのか』
「どうもしてません!」


誰に見られてたわけでもないのに恥ずかしくて仕方ない。ぐちゃぐちゃになる頭であわてて否定すれば、逆に感づかれてしまったらしい。

グリーンさんは、前に会った時のようににやにやした声色で、尋ねてきた。


『どうした。ついにキスでもされたか?』


キ、ス。………っ!?

混乱状態の脳には、相性の悪すぎるワードだった。


「そんなわけないじゃないですかっ!!グリーンさん、ヘンタイですよっ!」


失礼します!と叫ぶように言って、私は勢い良くぶちりと終了ボタンを押した。もしこれが固定電話だったら、きっとなげつけるみたいに受話器を置いてたと思う。

切ってからようやく落ち着いたものの、動悸はおさまらないし、目はすっかり覚めちゃうし、我ながら変な日本語しゃべってたし、なんだか全然清々しくない朝だった。


実際のところ、この前シロガネ山に私を呼び出したレッドさんは、絶景スポットに連れていってくれたんだ。 簡単に言えばそれだけで、もちろんすごくうれしかったけど、グリーンさんが言うような…そんなことなんて間違ってもありえない。

ただ、レッドさんはあの通り天然だから、こっちが恥ずかしくなるようなことを淡々と言って、平然とやってのける。だからグリーンさんには知られたくなかっただけで。

どきどきするし顔は真っ赤になるし、思い出すだけで恥ずかしいけど、思い出さずにはいられない。


『レッドさん、遠くにたくさんビルが建ってるのは…?』
『あれは、たぶんタマムシシティ』
『じゃあ、手前の山は』
『おつきみ山』


質問しまくる私に比べて、レッドさんは口数こそすくないけれど、降り始めのあったかい雨のように、ぽつぽつと説明をしてくれた。足元でピカチュウが大きく伸びをする。

視界に広がるカントーの街並みは、まだジョウトを制覇したばかりの私にははるか先、想像もできない世界だった。それでも、レッドさんの旅してきた町なんだと思うだけで、それが急に生き生きとして見えるから不思議だ。


『レッドさん、あの』
『?』
『レッドさんのお家も、ここから見えますか?』
『…家?』


びっくりしたみたいにすこし目を見開いて私を見つめたレッドさんは、しばらく眼下の町を探すように眺めた後、ある一点を指差した。


『たぶん…あれだと思う』
『あれですか?』
『ちがう、トキワよりも右にある町』
『右…』


さっき教えてもらった、いちばん手前の家々からゆっくり視線をずらせば、そこに小さな小さな町があるのに気付いた。レッドさんの指を注意深く延長させた先には、ふたつ仲良く並んだ赤い家がある。手前と奥と。

どっちなのか定かじゃなくて、何ていう町なんですか、と懲りもなくまた質問しようとしたら、指差すのをやめたレッドさんはまた、ぽつりと言葉を紡いだ。


『…なまえの家は、ジョウトにあるの』
『あ、はい。ワカバタウンっていう……すごく小さな町です』
『…じゃあ、同じだ』
『えっ』
『オレの家がある町もたぶん、カントーでいちばん小さいから』
『…そうなんですか…!?』
『うん』


たしかにあの町は小さく見えるけど、まさかカントーでいちばんだなんて思わなかった。

うなずいたレッドさんは何だか不思議なくらいうれしそうで、でも私は、レッドさんみたいにシロガネ山に籠もれるくらい強いトレーナーが、似たような町の出身だということにびっくりして、それどころじゃなかった。


『何ていう町なんですか?』
『……教えない』
『え』


どうしてですか、と尋ねたら、レッドさんは出会ってまだ数回しか見たことのないあのきれいな笑顔で、言った。


『当てられたら、連れていってあげる』
『…どこに…ですか…?』
『オレの家に』


レッドさんの家……、…は、家!!?家ってあの赤い屋根のお家のこと!?

どこでどうしてそういう話になったのか分からない。分からないけど、固まった私をレッドさんが、行きたくないの、と首をかしげて覗き込んでくるから、あわてて私は跳びすさらなきゃいけなかった。


『い、行きたくなくはないです!けど…でも』
『そんなに難しくはないはずだから』


わかったらいつでもいいから教えて、とだめ押しされたら、うなずかないわけにはいかない。
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